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水沢翔の不満

 最近、佑真さんが俺の話を聞いてくれない。 甘い言葉を囁いて欲しいとか、片時も離れたくないとか、別にそこまで思ってるわけじゃない。ちょっといいなとは思うけど。 「か、かわいい!佑真さんペンギンの赤ちゃんってかわいいですね!」 「あぁ」 動物番組を見ながら隣に座る佑真さんに声をかけても視線はスマホに向けられたまま、 聞いているのかいないのかわからない返事をする。 「シロクマって何で白いんですかね?」 「あぁ」 あ、だめだ。この人聞いちゃいねぇ。 「さっきから何やってるんですか?」 「ん~FX」 FXって何だよと佑真さんのスマホを覗き込んでみても俺にはさっぱりわからない。 わからないけど、最近の佑真さんはスマホばかり見ていて、まともに会話もしてくれない。 お互い忙しい中、たまに時間が合う時くらい話したいと思うのは俺のワガママなのか? 否!断じてそんな事はない! 「佑真さんって動物の言葉がわかったりします?」 「あぁ」 嘘つけよ!それが本当だとしたらあんた何者だよ! 返事してくれるだけまだいいか……なんて思えるほど俺は謙虚じゃないし、あなたのお邪魔は致しませんと3歩下がってついていくような大和撫子でもない。 今の佑真さんと話すくらいなら相槌アプリとでも話してる方がまだましだよ。 そんなアプリあるのか知らないけど。 こんなの……俺がいてもいなくても変わらないだろ。 「出かけてきます」 「え?おい、翔。何を怒ってるんだ」 立ち上がった俺にやっと視線を向けた佑真さんが驚いた顔で首を傾げた。 「自分の胸に聞け、バカ!」 呼び止める佑真さんの声を振り払い、苛立ちながら外に出た俺に冷たい風が突き刺さる。 「寒っ……」 吐き出される白い息が、余計に寒さを感じさせた。 とりあえずコンビニでホットコーヒーでも買おう。こんな寒い日に飲むホットコーヒーは きっと俺の心まで暖めてくれるはずだ。 「嘘だろ……」 レジ横にある淹れたてホットコーヒーには清掃中の張り紙が、こうなったら缶コーヒーでもいいとホットドリンクコーナーを見ると温め中の張り紙がある。 何でだよ!温めておけよ、24時間年中無休で常に温かい飲み物を提供してくれ頼むから。 店内に入って3歩で俺の身体も心も寒さが増した。 何かもうどうでもよくなってきた。こうなったら佑真さんに俺の不満をぶちまけてやる! 寒さとついてなさで怒りが増したまま乱暴に玄関のドアを開けるとコーヒーの香りが漂ってきた。 「おかえり、飲むだろ?」 「え、あぁ、はい」 コーヒーポット片手に優しく微笑む佑真さんに思わず苛立ちも忘れ頷いた。 「まだ怒っているのか?」 ホットコーヒーを一口飲み、染み渡る暖かさにほぅっと息を吐く俺を佑真さんが覗き込んだ。 「え?あぁ……怒ってますよ」 怒っているのかと聞かれると忘れていた苛立ちを思い出す。 そう、そうなんだ、俺は怒っているんだよ! 佑真さんが淹れてくれた美味しいコーヒーと優しい微笑みで忘れていたけど、言いたい事はたくさんある。 「最近の佑真さん俺の話を聞かなさすぎです!一緒にいる時くらい会話しましょうよ!スマホばかり見てないで!佑真さんの優先順位の中で俺はスマホよりも下ですか!?」 「ふっ、ははっ、あはははっ」 捲し立てる俺を見つめていた佑真さんが笑い出した。それも豪快に。 何がそんなに可笑しいんだこの人は。 「佑真さん!俺は真面目に言ってるんですけど!?」 「あー悪い、悪い」 まだ笑いの残る顔で言われても、ちっとも謝られてる気がしないんだけど。 「面白いことを言ったつもりはないですけど」 「わかってるって。かわいいなと思って」 そう言って俺を抱き寄せ唇を重ねる佑真さんの顔はまだ笑っていた。 かわいいって……この人のツボはどこにあるんだ。 「そんな顔するなよ」 「佑真さんさぁ……」 眉をしかめる俺の額にこつんと額を合わせ微笑む佑真さんがかっこよすぎて何も言えなくなる。 「車を買おうと思ってな」 「車?佑真さんって車持ってるじゃないですか」 「お前この間言ってただろ、キャンピングカーで旅行してみたいって」 あぁ、そういえばテレビを見ていてそんな事を言ったかもしれない。 「え?車を買うってもしかして……」 「キャンピングカー。FXと投資でちょっと増えたからな」 おいおいおいこの人何者だよ!?そんなパチンコでちょっと儲かったから飯でも食いに行こうぜ、みたいなノリで車買うとか言うんじゃねぇよ。 ちょっとで買えるもんじゃねぇだろ。 「買ったら怒りますよ」 「何でだ」 不満そうな顔で俺を見る佑真さんに俺が何でだと聞き返したい。 バカなの?この人はバカなのか。 「何でって……じゃあ佑真さんは俺が自家用ジェットが欲しいって言ったら買うんですか?」 「自家用ジェットか……」 おい、何を悩んでるんだ!だいたいそんなものどこに置いとくんだよ。それ以前に無理だと即答してくれ。 この人は俺の事になると頭のネジがどっかに飛んでいくのか。 唖然とする俺を気にも止めず、ライセンスも必要なのかなどと呟いている。 だめだ、この人何とかしないと……。 「佑真さん!じゃあそのちょっと増えたお金で俺の行きたい場所に連れて行って下さい」 「構わないが、どこだ?」 「えっと……動物園!動物園行きましょう!」 とりあえず自家用ジェットを忘れてもらおうとさっき見ていた動物番組を思い出し、我ながらいいアイデアだとドヤ顔をする俺を驚いた顔で見つめた佑真さんはまた笑い出した。 「お前は本当に……かわいいな」 楽しそうに笑いながら俺を抱きしめる佑真さんにとりあえず自家用ジェットの事は忘れてくれたみたいでよかったと胸を撫で下ろした。 これからは佑真さんに不用意な発言は控えようと誓いながら、俺の事でバカになる佑真さんも好きですけどねと心の中で呟いた。

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