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第1話

実家を離れて10年 最後に帰ったのは 2年前の年末だった 親が 「そう遠くもないんだから 帰れ帰れ」 と煩く言うから 今年の夏は3日間だけ 帰ることにした 数年前にローンで買った 駅近の中古のマンションは 1人で暮らすには 少し広い 泊まりの前は 部屋の中をきちんと掃除して 整理整頓していく そういうルール 午前中 部屋の掃除をして ゴミもまとめて下に捨ててきた 「ガス、電気、水道、窓の鍵、」 口に出しながら指を刺して 最後にエアコンを消すと ピシッと 部屋の中が 軋む音と 冷蔵後の「ブーン」という音が やけに大きく聞こえて キッチンの方を降り向く 冷蔵庫に貼った写真をチラッと見る 着替えを入れた鞄を 持って 玄関で靴を履く 「行ってきまーす」 小さく口に出して 靴箱の上の受け皿に置いてある鍵を掴んで 部屋を出る 電車で一時間半 そこから車で20分ほど 思えば そこまで 遠いわけではない 近いからいつでも帰れる そんな事を言っているから 足が遠のいていた 最寄駅で降りると 遠くに懐かしい 景色 蝉の声がやけに煩くて 駅前のシャッター通りは 前に帰った頃からあまり変わらない 何年か前 駅前で 同級生が町おこしに 和風カフェを経営したとか そんな話を風の噂で聞いたけど 今もあるんだろうか 暑いけれど 少しそこら辺を見て回ろうかと思っていると 姉から電話が かかってきた 「そろそろ 着いた?」 「今 着いた」 「良かった、丁度 スイミング終わったところだから 駅前 迎えいったげる」 「そう? 助かるよ、じゃあ 銅像前にいる」 そろそろ30だというのに 姉にしてみたら いつまでも 弟は弟らしい 小さい頃は 意地悪ばかりされた記憶はあるけど 頼もしい姉だったという覚えもある どんなに喧嘩したって 姉弟なんだ 3つばかり歳の離れた姉は 早々に結婚して もう二児の母だ 実家の近くに暮らしていて いつも実家に入り浸っていると よく 母親が自慢げにこぼす 甥っ子2人と 姉の家にもお土産は買ってはあるけれど コンビニに寄って 目についたアイスを買って待つ 自分も 食べたかった コンビニから出ると 余計に じんわりと暑さが染み込むようで アイスを一口かじると さっぱりとしたラムネ味 何年ぶりだろう 懐かしくて よく あいつが食べていたことを思い出す 「一本は食べられない」と言いながら 毎回俺の分と二本買うから 俺は 毎回一本と3分の1を食べていた 溶けたアイスが あいつの指を伝う様子を思い出す いつも やられっぱなしだから どんな顔するのかと思って あいつの指を舐めたら 赤くなるどころか 同じようにやり返されて こっちが 赤くなった 棒のアイスをかじりながら 待っていると 黄色い車がやってくる 車 変えたのか、 後ろの自動ドアがスライドして 運転席から 「待った?」と 姉が声をかける チャイルドシートに乗せられた 上の息子が 何年ぶりかにみた俺を 少し警戒しながら 見つめる 乗り込んで 「アイス食べる?」 濡れた髪の甥っ子に聞けば 「いいの?」と 運転席の姉に聞く 「えー?プールの後だからなぁ ママと半分こね」 そうか、プールの後は アイスはダメだったか、子供のことはよく知らなかった 少し 姉に申し訳ない気持ちになりながらビニール袋からアイスを渡そうとすると 助手席のチャイルドシートにくくりつけられた下の息子が 振り返って 「俺の分!」と 騒ぐので そっちに先に渡してやる 「開けて あげて!」 と 姉が 言うから 「あ、ごめんごめん」 子供になれない叔父さん丸出しで アイスを持たせてやると 「ありがと」と食べていた そのやりとりを 黙って見ていた 上の息子にも アイスを出して渡してやる お兄ちゃんは偉い まだ 濡れた頭を撫でてやろうと思ったけれど あまりよく知らない人にされても 嫌だろうな、と遠慮して 手を引っ込めた 懐かしい車窓の景色に 聞いた事もない スーパーヒーローのテーマソングが永遠に流れる 「今 何レンジャーなの?」 隣に座る 甥っ子に聞いたけれど 聞いたこともない 名前だった 「ブルーがねー、かっこいいの! ほら アンタと中学の同級生でさ仲良かった 山下くん? 覚えてる?よく泊まりに来てた、 あの子と似てる」 「へー?」 山下は 初恋の人だった そんな 名前を聞いて 急に懐かしくなる 中学2年の夏 水泳部の山下の真っ黒に日焼けした首筋によく見惚れていた あの頃から 自分の性癖を自覚し出した あいつも一番初めは あの山下に似ていたから 声をかけた 涼しげな目元と体つきが似ていた でも あいつは日焼けをすると 真っ赤になって 痛くなるから いつも白い首をしていた 「あの子 何してんの?」 「知らない、全然 連絡とってない」 東京に出てからは 地元の友人とは一切連絡を取っていなかった 地元を離れてしまえば そんなものだろう

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