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第1話

その日、俺はいつものように仮眠室で眠っていたのだが、唇にやわらかい何かが押しあてられる感覚があり、目覚めた。 「……え、都筑監察官?…え、…今…え?」 目に飛び込んできたのは驚いた顔の都筑輝矢監察官で、なぜ彼がここにいて、今何が起こったのか全く状況が掴めない。 すると、先に冷静になったらしい都筑に 「今のは忘れて」 と言われた。彼的に何かマズイ事だったのだろうか。…たぶん俺にとっても。 なので素直に「……ああ」と答えた。 それが都筑と話をした最初だった。 その後の話で通達があり、翌日から都筑が鑑識課に監察に入る事になった。 鑑識課は、俺がβという事もあり割りとアットホームな職場だ。殆んどの職員もβで今年入った新人君が唯一Ωだったが、それも今は受け入れている。 だが監察官室室長の都筑が来るようになってからは、空気がピリッとしたものに変わった。 特に都筑が何かを指示するわけでもないのだが、彼がいるだけで場が引き締まるというか。 気が付くと俺は都筑を気にするようになっていた。 都筑を見るとそわそわする、ような? 都筑が来て1週間が過ぎた頃、俺は彼を昼食に誘った。 社員食堂が混んでいた為、窓際の席に並んで座る。腕が触れそうな距離にドキリとしながらも、他愛もない話をしていた。 と、不意打ちで都筑が笑う。 初めて見た都筑の一瞬の笑顔に、心臓が跳ね上がるのを感じた。 「…じゃあボクは先に戻るよ」 と言って都筑が去ったあとも、体温の上昇と顔の火照りはしばらく治まらなかった。 数日後、俺は思いきって都筑を遊びに誘った。渋々といった感じで都筑はOKを出してくれた。 当日、浮わついた気分で出かける支度をしていたのだが、何となく熱っぽい。念のため体温計で計ってみると36.9℃。 「…微熱、か? 37℃越えてないからいっか」 と俺は出かけて行った。 ゲーセンで遊びランチをすませて、俺達は今、俺の思い出の場所の展望台に来ていた。 二人並んで景色を眺める。 と、今日一日楽しくてはしゃいでいたせいか、徐々に上がりつつあった微熱が一気に上昇してきた。 「…は、あ、…なんだ、これ?」 「……茨城眠?」 「…は、…はぁ、……からだ、…あつ…い」 「………まさか、…ヒート?」 立っていられなくなった俺を、少し躊躇った都筑が支える。 その瞬間、俺の身体は燃え上がるような熱に包まれる感覚に襲われた。 「あ、ああぁぁっ」 遠退く意識の中、心配そうに俺の名を呼ぶ都筑の声が聞こえる。そして、 「……茨城眠、キミ、Ωだったの?」 そんな言葉を聞いたような気がしたところで、俺の意識は途切れた。 次に目覚めた時、そこは見慣れぬ白い天井の部屋だった。 「ん?気づいたか?眠ちゃん」 「……灰原?…ここは?」 俺の反応にニコリと笑い、灰原がこれまでの経緯を説明してくれる。 「ここは病院だ。眠ちゃんは展望台で倒れてな、一緒にいた輝矢ちゃんがここに運んで来てくれたんだ」 「…都筑が?…でもなんで灰原が」 「ああ、俺は医師免許を持っているんだ。警視庁のバース、主にαとΩを把握していて、いざという時に診ているんだよ」 「…え、でも俺はβだぞ。なんで俺を」 「…よく聞いておくれ、眠ちゃん。眠ちゃんはな、後天性変異型Ωだったんだ」 「………は?」 「何万人かに一人の極希少な型でな、特定のαといなければ、めったに発症しない珍しい型だ」 「…え、でもαって言ったら、うちの課には魚住さんと有栖川がいたよな。今まで全然そんな事なかったぜ?」 「俺もだ、眠ちゃん」 「…へ?」 「俺もαでな。今の眠ちゃんのΩ性をびんびん感じているぞ」 クスリと笑う灰原に、頭を抱える俺。 「…灰原もαだったのかよ。じゃあ尚更、何で今頃俺がそんなもんになるんだ」 「俺達ではないαとの接触があったからだろう」 「……え、…まさか、それが都筑…?」 「…ちょっと灰原透、勝手に人のバースをバラさないでくれる」 その時、仕切りのカーテンの影に隠れていたのであろう都筑が姿を現した。 「はっはっは。だが一緒に仕事をしていれば遅かれ早かれ知られるものであろう」 「キミがバラさなければ、隠しとおせる自信はあったよ」 「そうか?それはすまん」 「…全然、謝ってる態度じゃないよ」 呆れた顔で灰原を一瞥し、都筑が俺の方に向き直る。 「…とりあえず、こんなでも頼りにはなるだろうから、何かあったら灰原透に相談して」 「…あ?ああ」 「ひどいな、輝矢ちゃん」 「うるさい。それと当面はこの抑制剤でヒートに対応出来るはずだから、」 「……え、ああ」 「あと、これ。これは必ず着けておいて。とりあえずの間に合わせだけど、無いよりマシなはずだよ」 「……え、これって」 都筑が抑制剤と一緒に手渡してきたのは、シルバーの細身な首輪だった。 「ほう、これは」 と意味深に微笑む灰原を都筑が睨みつける。 「茨城眠、キミもその辺の訳の分からないαに噛まれて勝手に番にされるのは嫌でしょ」 と怒り気味に捲し立てる都筑に圧され、俺は抵抗を感じながらもその場でその首輪を着けて見せた。 「…ありがとな、都筑」 と俺がお礼を言うと、都筑は安堵のため息をそっと吐き、 「……べつに」 と、言ってそっぽを向いたのだった…。

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