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最終話
「……くそっ、…しくじった」
輝矢と番になってから数ヵ月後、俺は今日も鑑識として事件に関わっていた。
その日は証拠物の拾い溢しが無いか一人で現場に来ていたのだが、運悪くホシと遭遇してしまう。
(…チッ、…ヤツが入り口付近にいるせいで、外に出られやしねぇ…)
俺はホシに見つからないようにと、距離を取りつつ救援を呼ぶ事にした。
「………有栖川か?」
『……茨城さんですか?どうしたんです?』
「…やっちまった」
『…え?』
「……現場で…ホシと……っ、…」
『…え?今、現場にいるんですか?…ホシとって……茨城さん?…茨城さん?!』
有栖川の俺を呼ぶ声が遠退いていく。
…どうやら俺は、ヤツの仲間に見つかり後頭部を殴られたらしい。
十数秒と経たずに意識が途切れてしまった…。
「眠!!」
病室の扉を叩き壊す勢いで開けた輝矢が青ざめた表情で入ってきた。
「……輝矢?来てくれたのか、悪いな」
ベッドの上で体を起こし有栖川と話をしていた俺。そんな俺の側まで来て輝矢がマジマジと俺を観察する。
「…容疑者に殴られたって、大丈夫なの?」
「え?ああ、後頭部をちょっとな。でもタンコブですみそうだぜ。CTでも問題なかったしな」
頭に包帯を巻いたままの俺は努めて明るい声でそう言ってみたが、輝矢は深いため息をつく。
「…キミって人は。このボクに何度心配させたら気がすむの?」
輝矢がシーツの上の俺の手に自分の手を重ね、ギュッと握ってくる。
「…い、いや、そう何度もねぇだろ?」
「ある」
キッパリと言い切る輝矢に、俺はきまりが悪くなり話を変える事にした。
「そういや犯人は?俺が気を失った後どうなったんだ?」
「それでしたら心配ないですよ。きっちり逮捕しておきました。輝矢くんが♪」
「……へ?…輝矢が?」
「当たり前でしょ。眠に手を出した輩なんて逃がすわけないよ」
「……」
「凄かったんですよ。普段の冷静沈着な輝矢くんとはとても思えない…」
「有栖川彩兎。うるさい」
輝矢の制止の声に一応は話をやめる有栖川。だが全く悪びれる風もなく…
「はいはい♪…と、そろそろ僕は戻りますね。残務処理もありますし。あ、茨城さん、もうひとつの検査の報告も忘れないでくださいね♪」
「…っ、わ、分かってるよ」
と、余計な一言を残して有栖川は帰って行った。
「…もうひとつの検査?」
案の定、一変して不穏な空気を纏う輝矢。
「……あ、あ~。有栖川が言ったヤツか?ちゃんと言うつもりだったんだぜ?」
「眠」
「……はい」
「一体何の検査?頭以外にも怪我があるの?それとも検査で何かの病気が見つかったとか?」
「怪我はこの頭だけだし、病気じゃねぇよ」
「じゃあ、何?ちゃんと話して、、」
真剣そのものの顔で詰め寄ってくる輝矢に、俺は覚悟を決めて腹を括る。
「…そのさ、……妊娠……してたらしいんだ」
「…………え、」
言葉をつまらせ目を見張る輝矢。
そりゃそうだ。俺だって最初に聞いた時は同じ反応だったし…。
「……なんで。…そんなはずは…」
と、呟く輝矢に俺はズキリと胸の痛みを味わう。
「…だ、だよな?俺も最初聞いた時はびっくりしちまってさ、担当の先生に何度も確認しちまったよ」
「……」
「だってお前、いつも気をつかってたよな。…子供が出来ないようにって…」
……スる時は必ずゴムを着けていた輝矢。
この妊娠は望まれない妊娠なのかもしれないと胸が苦しくなる。
「………」
「……輝矢?」
だが黙りこんでしまった輝矢に、俺には別の心配も浮かんできた。……もしや…浮気を疑われてる…とか?
口を開いたのは同時だった。
「…もしかして、あの時の…」
「誓って言うけど、俺、浮気なんてしてないからなっ!」
「……え?」
「……は?」
お互いから出た言葉に驚く俺達。やがて輝矢が呆れた顔をする。
「…はぁ。キミが浮気なんてするわけないでしょ。ボク以外に目がいくなんて絶対にあり得ないよ」
「……。(……どこから来るんだ、その自信は…)」
けどホントの事だったので、俺は照れて何も言えなくなってしまう。
「違う?」
「………違わない…です」
俺の返答に、さも当たり前と言う顔をする輝矢。
(だから、その自信はどこからっ…!)
俺が若干悔しい思いをしていると、話の続きを始める輝矢。
「で、さっきの続きだけど、番になったあの日覚えてる?あの日のボク、少しおかしかったでしょう?」
「…ん?ああ、あの日か。…覚えてるに決まってるだろ。あんな輝矢初めてだったし…」
確かにあの時の輝矢は変だった。いつもと違って余裕がないようにも見えたし、焦っているようにも見えた…。
「うん。キミをボクだけのモノにしたいって、それだけが頭の中を占めてた。だからそのままシた可能性がある」
「……え?…じゃあ、その時…できて?」
「…ん。間違いなくボクの子だね。……生んでくれるよね?」
輝矢が優しい眼差しで俺を見つめる。
「…い、…いいのか?…輝矢は子供が苦手だと思ってたから…俺、ダメって言われるかと…」
泣きそうになる俺を、輝矢が両腕でそっと包んでくれる。
「…苦手じゃないと言えば嘘になるけど、眠との子供なら欲しいと思えるよ。…だからダメなんて言わない。…生んで、眠」
輝矢の手が俺の髪を優しく撫でてくれる。その温かみのある手の動きに、不安に感じていた想いが溶けていく…。
「……ん。…ありがと、輝矢」
俺は輝矢の腕の中で、この愛しい男の子供を産めるのだという想いに満たされていったのだった…。
数ヶ月後。俺は無事に男の子を出産した。
「わあ、新生児って小さい。…うちの子もこんな時があったなあ」
入院先の病院に、姫夜がお祝いに駆けつけて来てくれた。
新生児用のベッドに眠る俺の子を感動したように見つめる姫夜。
「ふふ、髪色は茨城さんと同じですが、顔立ちは都筑さんに似てますね」
「ああ、輝矢のやつが『どうせなら全部キミに似てたらいいのに』ってボヤいてたぜ。 …俺は輝矢に似てて嬉しかったけどな」
「…ふふ、茨城さんが惚気てる」
クスリと笑う姫夜に俺は顔を赤く染める。
「…なんだよ。姫夜だって自分の子が有栖川に似てるって喜んでたじゃねぇか」
「当たり前じゃないですか。小さい彩兎さんみたいでスゴく可愛いんです。俺、幸せです」
「…お、俺だって小さな輝矢で嬉しいぜ」
と、意味の分からない張り合いをしていると病室の扉を開け輝矢が入って来た。
「………ちょっと、もうやめて。キミ達二人して何を言ってるの?」
呆れたように話す輝矢だったが、その顔はほんのりと染まっていた。
「都筑さん。出産おめでとうございます。あ、俺、そろそろ帰りますね」
「…ん。気をつけて」
「来てくれてありがとな、姫夜」
「はい。何かあったらいつでも連絡して下さいね、茨城さん」
「ああ、ありがとう」
「それじゃあ、失礼します」
そう言って姫夜は帰って行った。
姫夜を見送った後、輝矢が赤ちゃんの方へ近寄り顔を覗きこむ。
「……それにしても、いつ見ても眠っているね」
「そうだな。お腹すいた時しか起きないし。あ、でもさっき起きた時、目開いたぜ。お前と同じ瞳の色をしてた。可愛かったな~」
と、俺が嬉しそうに報告をすると、輝矢が複雑そうな顔をして俺を見た。
「……可愛いのはキミだし。ボク、自分似の子にヤキモチとかヤダな」
ボソリと呟かれた輝矢の台詞は聞き取れず、俺はスヤスヤと眠る我が子を見ているうちに、夢の中へと誘われて行く。
「……キミも本当によく眠るね」
俺の身体をベッドに寝かしつけ、輝矢が俺の額に唇を寄せる。
「……今はゆっくり眠っていいよ。おやすみ、眠」
柔らかな感触に心地よさを感じつつ、俺は幸せな夢の中へと落ちて行ったのだった…。
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