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第1話
01
風に、被っていた布が攫われる。
「あ」と手を伸ばすも遅かった。布は遠くへ運ばれ、人混みに消える。
一瞬にして、通りが静まりかえる。
空気の温度が沈む。
やがて、通行人の1人が悲鳴を上げた。
「白い髪……、王族だ!」
鈴音(すずね)はビクリと身体を震わせた。手に持ったモノを深く抱え直し、その細い足で走り出す。
しかし、人々はそれを許さなかった。小柄な少年の身体を地面に叩きつけ、丸めた背中を上から蹴りつける。
「あんたらの贅沢のせいで、俺たちがどれだけ苦労しているか知っているのか」
「うちの子はもう10なのに、まともに学校にも通えない」
「俺の親父なんてなあ、無理して病気して、今じゃ寝たきりになってんだぞ」
鈴音は、小さな身体をますます小さくし、嵐が過ぎるのを待った。
「お前らのせいで!」
あ。
上からの衝撃にひしゃげてしまっていた紙袋から、鮮やかな水色の石が転がる。咄嗟に鈴音は顔を上げた。
手を伸ばす。
「ひっ」
小さな悲鳴とともに周囲からの暴力が止んだ。
皆が皆、鈴音を見ている。先ほどまでの狂気じみた怒りはまだ漂っているものの、それは一旦の凪を迎えていた。
残ったのは、恐怖だった。
「赤い目」
次第に冷静さを取り戻してきた住人達は、その誰かのつぶやきに一斉に散った。
通りに1人となった鈴音は、唇ににじむ血を鼓舞しでぬぐった。
石を拾い、立ち上がる。
足を踏み出す度に、寒気のするような痛みが背筋を突き抜ける。
それでも、鈴音は歩いた。
途中、被っていた布を見つけ羽織りなおし、ひょこひょこ足を引きずりながら、城へと急いだ。
***
「6歳のお誕生日おめでとうございます、愛奈(あいな)様」
たくさんの人、たくさんの料理、たくさんの贈り物に囲まれて、10も下の妹は幸せそうに笑う。その様子を柱の裏から見ていた鈴音は、1歩を踏みだそうとするも躊躇い、やがて俯いた。
手には小さな箱が握られている。
ふと、影がかかった。
見上げると、自分より遙かに高い位置に、父の顔があった。眉間に濃く刻まれた皺に、彼の機嫌が悪いことを知る。
逃げだそうと後ずさった瞬間に、腕を捕られ、息を飲んだ。
「何故、ここにいる。それは何だ」
ずっと持っていた箱を奪われ、中を覗かれる。父の表情が変わった。嘲笑を浮かべ、箱の中身をつまみ出す。
鈴音は顔を赤くした。
長い指に摘まれたソレは、余計に貧相に見えたからだ。
「腕輪……?」
赤や桃色の石を削り模様をつけ、中に穴を開け、糸で繋いだだけのものだ。
妹の柔らかい雰囲気に合うようにと、コツコツ作ってきたモノだった。
けれど、たったそれだけのモノだ。
腕輪は床に落とされ、父の足に踏みつけられた。ゴリゴリと音がする。足がどいた後には、糸が切れ、模様が消えた、ただの石が転がるだけだった。
どうして、こんなものを妹が喜んでくれるなどと思ったのだろうか。
自分が恥ずかしく、鈴音はますます顔を赤く染めた。
「さっさと部屋に戻れ。勝手に出歩くな」
何とはなく、しかし容赦なく、大きな掌が鈴音の頬を張る。
衝撃に耐えきれず床に這いつくばる鈴音にそれ以上声をかけるでもなく、父は妹の方へと向かった。明るい部屋に姿が消える。
鈴音は、しばらくは痛みと恐怖が抜けきれず座り込んでいたものの、やがて響いてきた父と愛奈の母の笑い声に、ハッと我に返った。
のろのろを身体を起こし、散ってしまった石を拾い上げ、部屋へと向かった。
下へ下へ隅へ隅へ、鈴音の部屋はそんな場所にある。
部屋と呼ぶのも憚られる程、狭い暗い場所だ。外から鍵がかけられるようになっているが、今は使われていない。
寝台すらないその場所に、鈴音は座り込んだ。
身体のあちこちが痛む。
お腹がすいた。
疲れた。
眠い。
身体が傾き、倒れる。
数を数えるまでもなく、意識を失った。
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