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第0話 佐々 一樹
美しいものだけを見て、生きていけたらいいのに…
朝起きたらトイレに行って、顔を洗う。洗面台の鏡を見て、ため息をつく。そうやっておれの朝は始まる。
佐々 一樹、おれの名前。
26歳になるが、今まで付き合った人はいない。
顔の左側、頬骨の辺りから側頭部にかけて、まだらな赤い痣がある。
皮膚の下の毛細血管というところに生まれつきちょっと異常があるだけで、
重い病気とかではない。
子供の頃はからかわれたりもしたけど、さすがに大きくなってからはそんなことはない。
ただ、まあ、内気な性格に拍車がかかったのはあるかもしれない。
「かずき」
父に呼ばれてハッとした。洗っていた茶碗を落としそうになる。
「なに?親父」振り向かずに返事をする。
「今日の午後は村田さんのとこだけだから、晩飯の支度はいいぞ」
「そう?たまには外食でもするの?」
「まあな」
親父は庭師をやっていて、おれは高校を出てから親父の元で修行している。お洒落な、ランドスケープアーティストというのとは程遠い、田舎の家のだだっ広い庭の手入れをして回っている。
派手さはないけど、おれはこの仕事が好きだ。
明日は水曜日、仕事は休みだ。
休みの前日は決まって街に飲み行く。だから親父も気を利かせてくれたんだろう。
仕事が終わったら、シャワーを浴びて洗面台の前に立つ。
ネットで調べた通りに、下地を塗って、コンシーラー、クリームファンデーション、白粉をはたいたら、顔に霧吹きをして、上からティッシュで押さえて完成だ。
別に女の人っぽくしたいわけじゃないから、口紅とかはやらない。
「お前は小さいことを気にしすぎなんだ」
通りかかった親父に言われる。
子供の頃から幾度となく言われてきた、親父なりの励ましの言葉だ。でもそれを素直に聞き入れられるほど、おれは強くない。
バーの照明は明るさが抑えられているとはいえ、おれの痣は隠せない。初対面の人にどうしても目のやり場に困るような顔をさせてしまう。
それに最近顔を出しているバーには、あの人がいるから…
「たまにはうちに帰らんでもいいぞ」
「そんな友達いないよ」
「恋人でもいい」
「………」
それ、一般の会社だったらセクハラで訴えられるヤツだからな?言わないけど。
長く伸ばした前髪を、無造作風に散らして顔を隠す。今日の格好は黒のデニムにノーブランドのチャコールのパーカー。ガキっぽくてもこれが落ち着く。
いつもカウンターのL字の角に座っている、あの人を見ているだけで、おれの世界はいつもより少し、色彩豊かになるんだ。
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