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ある日の王様

最近、アルヴァロ様の様子がおかしい。 それは虎の国で働きアルヴァロの姿を見ることができる者たちの間で口々に囁かれていた。 アルヴァロと言えば23歳で突如即位してから破竹の勢いで国の安寧を更に強固なものとして更には獅子の国までも同盟国の垣根を越えて傘下に加えてしまった傑物である。 あのプライドが高い百獣の王が治める国を戦争などすることなく統治したあの手腕は凄まじいの一言しかない。 それに加えて数年前までは危険因子だと忌み嫌われていたヴァイスすらも受け入れた懐の広さやあの美しい容姿、柔らかい物腰に完璧な笑顔。 今やアルヴァロは虎の国至上最も優れた王として民から信頼されていた。 そんなアルヴァロもすでに30を目前に控え、やれ結婚だ世継ぎだと高官一同からせっつかれるようになった。それはアルヴァロからすれば想定内だったのだろう、ちゃんと考えているよと笑って上手く躱していたが最近その様子がおかしい。 「はいはい失礼しますよーっと。アルヴァロ様ー、釣書の追加でーす」 いつも笑みを絶やさず涼しげな顔でどんな仕事もこなし家臣にも気を配り最早神か何かではないのかと囁かれているアルヴァロの眉がグッと深く寄ったことに側で書類整理をしていた家臣の一人は情けない悲鳴をあげて腰を抜かす。 その表紙に持っていた書類が宙を舞い執務室の中にはらりはらりと落ちていく。 室内にいる全てのものが呼吸を忘れたかのように固まり、この部屋、というかこの国の主人であるアルヴァロは眉間の皺を解くことなく両手で抱えるようにして釣書を持ってやって来たオレンジ色の髪の男を睨んだ。 「…どうして君がそれを持ってくるんだ」 「ヴァイスがソロ君の発情期(ヒート)に合わせて休む一週間はボクがヴァイスがしてた簡単な雑務は引き継ぐって話昨日もしましたよー陛下」 はい釣書、そう言ってアルヴァロの睨みをものともせずにドスッとやけに重厚感のあるそれを机に置けばトレイルは輝かんばかりの笑顔で口を開いた。 「そんな眉間に皺寄せてたら急に老けるよ、アルヴァロ様」 「き、さま…っ!国王陛下に向けてなんて口の利き方を」 「良い。これに言ったところで直りはしない」 滅多に動じない、むしろ動じたところを見せたことがないアルヴァロが苛ついたように尻尾で床を打った音に先ほど書類を執務室にぶちまけたヒトがまた小さく悲鳴をあげた。 それに自分を落ち着かせるように息を吐いたアルヴァロは微動だにしないトレイルに舌打ちしそうになるのをなんとか耐える。 「…釣書は受け取った。だが今は必要ないと、そう伝えておいてくれ」 「…今は、ね。かしこまりました。多分聞いてくれないと思うけどそれっぽく伝えておきますね、陛下」 にこりと、そう音がしそうなほど合金のような笑みを浮かべたトレイルにまたアルヴァロの眉がピクッと跳ねる。それに気がつかないトレイルではないが、無視をして颯爽と執務室を後にした。 パタン、と扉がしまった緊張の糸が一気に解けて誰かが息を吐く。 それを嗜めるものが居たりもするが、アルヴァロの機嫌は未だに悪化の一途を辿っていた。 「…陛下、それじゃ無理だと思い、ます」 厳かな執務室に似つかわしくない幼く細い声が響く。 どこか言いにくそうな、けれど仕方がないから言っているような、声だけなのに感情がよくわかるそんな声の主は執務室の中でも端の方で隠れるように座っていた。 「…どういうこと」 「…怒ってるのしか伝わってないってこと」 白い尻尾を揺らし、丸眼鏡をクイっとあげた少年と青年の中間にいる線の細い人物がやれやれと言うように立ち上がった。 「…だってあのトレイルがオレに気がつかないとかありえねえもん」 年の頃は十五と言ったところだろうか、同じ年頃の男子と比べれば細く肌も白いその人物の首には繊細ともいえる体躯には似合わない黒いチョーカーが付けられていた。 「…オレの力頼っても良いことねえよ、本当。こういうのは自分でどうにかしなきゃ意味がないって王様だってわかってんじゃないの」 歳の割に落ち着いた声で話す白猫の獣人、ニイは今度こそため息を吐いた。 「オレの周りってなんでこう拗らせてる奴しかいねえの」 その呟きは虚しいほど良く響いた。

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