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ある日の王様2
歳の割にはまだまだ幼い容貌をした黒猫の少年は少しサイズの合わない眼鏡をクイッと上にあげて、少し離れた位置にある机で執務をこなす王の姿を見る。
難しげな表情を浮かべているが、悩んでいるのはその真下にあるいかにも重要そうな書類のことではない。むしろ王の思考にはその書面のことなんて殆ど入っていない。
そりゃあ少しは考えているようだが、否が応でも流れ込んでくる感情と思考の文字列にニイは眉間に深く皺を寄せて耳を垂れさせるが物理的に耳を塞いだところでどうにかなるものでは無いとニイ自身が一番よくわかっていた。
「…陛下」
「なんだい?」
声を掛ければ難しく顰められていた顔は一瞬で柔和な笑みに変わり優しげでどこか気品のある仕草で首を傾げる姿に執務室のどこからか感嘆の息が漏れる。
だが、ニイはうんざりしたように息を吐いた。
ニイは耳がいい。
それは普通の耳の良さとは違う。
「そんなに気になるならトレイルのところ行けばいいんじゃないですか?」
ガチャン、と室内のどこかでグラスが割れる音がした。
「どういうことかな?」
「はぐらかすのド下手ですか。ていうかオレにはそういうのも通じないって知ってますよね。それを使いこなせって言ってオレを城に連れてきたのも陛下でしょ」
本格的に勤め出したのこそ最近だが、ニイは幼い頃から王城に出入りするようになっていた。ことの発端は初めてソロが本格的な発情期 を起こしたあの日、イチと一緒に城にまでやってきた二人は必死にヴァイスを探している最中ありとあらゆるヒトの音を聞いて見事にヴァイスを探し出した。
その時に色々と露見してしまったのだ。
「むやみやたらとヒトの声を聞くなとも教えたけど?」
「あんな垂れ流されたら嫌でも聞こえるんですよ」
ニイの異能は見事にアルヴァロに気に入られ、あれよあれよという間に王城に連れ込まれ気がつけば庶民ではおよそ受けられないような教育を受け、気がつけば官吏の試験もパスして応急勤めになっていたのだから驚きだ。
「……後で顔を出すよ」
「へ、陛下、本日はこの後獅子の国からの賓客が…っ」
ぐんと部屋の中の温度が下がったような気がした。
「…それは断ったはずだけど」
冬の水のように冷たい声音が室内に響き、温度のない目線がニイを捉えて口を開く。
表情は確かに笑っているはずなのにむしろ怒っているようにも見えるその顔に自然と背筋が伸びた。
「ニイ、聞こえたことを」
「断ったけどあっちのお姫様がどうしても陛下に会いたいって言って聞かなかったらしいです。あとは、こっちの古狸さんが一枚噛んでるとかいないとか」
「……へえ、そう」
獲物を狙う時のように目を細めて猟奇的に笑う姿に執務室からはまた小さな悲鳴が上がるがアルヴァロもニイも気にした様子はなく、ニイの目線は声を聞いた人物へと向けられる。
その人物がビクッと肩を大袈裟に跳ねさせたのを見てアルヴァロは今度こそ楽しそうに笑って見せた。
「ちょうど良い、トレイルを呼んでくれるかな」
声をかけられた官吏の一人が走って執務室から出ていく。
その姿を見送りながら、ニイはなんともいえない表情でにこにこと先ほどとは打って変わって楽しそうにしている王を見ていた。
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