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ある日の王様4
ニイは思っていた。
何故こうも自分の周りにいるα共はこんなにのヒトの感情の機微に疎いのかと。
「…馬鹿じゃん」
そう呟いたのは王宮の中、王の私室のドアの前だ。これでもかと言うほど繊細かつ豪華にあしらわれた木製のレリーフに翠玉がドアの取手の上部に嵌められた、やけに重厚なドアの前でニイは眉間に深い皺を寄せて立っていた。
中ではきっと何かの話が進んでいるのだろうが、当然のことながらその内容が聞こえてくる事はない。だが、微かにではあるが違う音は聞こえてくる。
その言葉にはならない音にニイはがしがしと髪を掻き乱す。
痛みと、混乱と、悲しみと、怒り。そんな感情が混ざった音が分厚い扉の向こうから聞こえてくる度に心臓がぎゅうっと縮むように痛んだ。
「…どうしてだよ…」
優れた王であるアルヴァロには致命的とも言える欠陥があった。
あの人は、あまりにもヒトの感情に疎すぎる。否、興味が無さすぎるのだ。自分の決定が絶対であるという事を誰よりも理解している癖に、その命令を下された人物がどんな思いでどんな痛みを伴うか全て想像できた上で、それでもそれがなんだと、考える事が馬鹿らしくなるほどにけろりと言葉を投げてくる。
自分自身もその痛みを味わった事があるにも関わらず、アルヴァロという人物はその痛みにすら鈍感だった。
「……ごめん、トレイル」
幼い頃から世話になっているオレンジ色の髪をした、いつも笑顔を絶やさない優しい友人に震える声で呟いた。この言葉は聞こえないだろうし、もし届いたとしてもなんの意味もなさない事をニイは理解していた。
二人でアルヴァロの部屋に向かう間、長く人の気配がしない廊下でトレイルは諦めたように笑っていた。トレイルは昔から何を考えているかわからない人物だった。心の声を聞く事ができるニイの異能を持ってしても、彼の心だけはどうしても聞く事ができなかった。
だからトレイルの感情は微かな音色でしか判断できない。
ニイは声を聞く事が出来る。けれどそれはソロほど感情を敏感に感じられる訳ではないと言うのはきっとニイにしかわからない。この場にソロが居てくれたら、普段あれだけ感情を出す事をしないトレイルのこの悲痛な叫びを聞かずに済んだのだろうか。
分厚い扉を前に項垂れる事しかできない自分がとても嫌だった。
(あの人にΩとかβとか関係ない、それこそαですら)
氷のような冷たく鋭い声で自分の半身が呟いた声が頭の中で木霊する。
(あの人の前では全員凡人だよ)
「…それでも、心はあるだろうが…!」
そう思っていても、目の前で硬く閉ざされた扉を開ける事は出来なかった。
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