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小さい頃は、夢や希望をたくさん持っていた気がする。 プロ野球選手にもなりたかったし、小学校の先生にもなってみたかったし。 いつからか。 そんなのは夢でしかないっていうのに気付いて、周りに流されて、なんとなく〝それでいっかな?〟的に流されて。 流されて、流されて………今の僕がいる。 したいこともなく。 趣味という趣味もない。 彼女は当然いないし、間違いなく童貞だし。 休日に連れ立って遊び歩くような友達も近くにはいない。 起承転結もなければ、喜怒哀楽もない、似たような毎日を過ごして。 自分でもつまらない人間だから、側から見てもつまらない人間って思われてるんだろうなぁって、容易に想像はつくし。 このまま………。 僕は、刺激のない毎日を重ねて、歳をとって………。 一生を終えるんだろうな、きっと。 って、思ってた。 あの日までは………あの日がくるまでは。 これまで運命の神様に無視され続けていた僕の人生は、あの日以降、急に気が変わった運命の神様に目をつけられたとしか思えないくらい、180度変わってしまったんだ。 「倉津、急で悪いんだけど、大久保と一緒に小浜町まで納品に行ってくんないかな」 僕は小さな精密機器メーカーの経理をしていて、小さい割には忙しくて、たまにこうして、経理の僕でさえも業者への納品を仰せつかることがあ る。 「わかりました」 と、社長の言葉に軽く返事をしたはいいものの………。 小浜町までどんなに急いだって、片道3時間はかかる。 今、午後2時。 ノンストップで車を走らせて、だいたい午後5時くらいについて、納品を済ませて、帰る着くのは午後9時か10時。 ………まぁ、予定ないからいいけど。 僕がなんとなく諦めてる横で、同じく社長からご指名を受けた総務の大久保が、青ざめた顔で立ち尽くしていた。 ………あ、このリア充………。 予定があったんだな。 「大久保、予定あった?」 わざとらしい涙目で、大久保は僕にむきなおって、今日のこれからの予定を切々と、それでいて淀みなく語り出した。 先日合コンでいい感じになった女の子との初デートで、今日は絶対に逃せない………。 だから、だから。 「いいよ、大久保。僕、一人で行くから」 涙目で悲しそうな大久保の表情が、一瞬ニヤけた。 「倉津さぁん………でも」 「大丈夫。僕、運転好きだし。小浜町は何回も行ったことあるから」 どうせ一緒に行っても、ブツブツ文句しか言わないだろ、お前は。 「………いい、んですか?倉津さん」 「うん。いいよ」 「ありがとうございます!!今度絶対お礼しますから!!」 大久保、お前さぁ………そのセリフ何回目だよ。 期待はしてない、してないんだよ? でもさ、大久保。 僕に対する〝今度絶対する予定のお礼〟は蓄積されまくって、既に2桁こえてるんだよ。 ………まぁ、いいけどさ。 小浜町の取引先の社長さんはいつもニコニコしてて、その笑顔を見るだけで、亡くなった祖父を思い出す。 帰り際にいつもお菓子を持たせてくれたりして、貰ってばっかりじゃ悪いから、祖父が好きだったどら焼きとか買って持ってったりして。 なんとなく、仲良くなった人だ。 その癒される笑顔を想像して、小浜町に行ったのに………。 社長さんの代わりに出てきた若い………と、言っても僕より幾ばくか年上の男の人が出てきて、僕は心底驚いた。 「あの、サクラ精巧から来ました倉津です。納品に参りました」 「あぁ、思ったより早かったな。待ってたよ」 「社長さんは、今日は………」 「旅行」 「あぁ、そうなんですね。あの、これ。社長さんに渡していただけませんか?」 「………何これ?」 「いつも社長さんにお菓子をいただいてるので………虎屋のどら焼きです」 「あぁ、あんただったのか」 「え?」 「………いや、なんでも」 社長さんから、息子さんの話とか聞いたことなかったからなぁ。 こんなに立派な次期社長さんがいらっしゃるなんて知らなかったし、社長さんの穏やかな雰囲気とは正反対の、精悍な感じで………。 親子なんだろうけど、親子に見えないな………。 ………まぁ、僕んとこもそんな感じだし。 さっさと納品して帰ろ。 「おい、あんた」 ご立派な次期社長さんからいきなり呼び止められて、僕は飛び上がるほど驚いて振り返った。 「今日中に村雨市まで帰るのか?」 「はい」 「俺を途中の春日町まで乗せてってくれないか?」 「え?」 「………用事が、あんだよ」 「いいですよ。大丈夫です」 と、言ったものの。 車中2時間弱、この人と会話が弾むんだろうか……。 って、思ったのが2時間前。 僕は今、ありえない状況に陥っている。 「やっ………!やめっ………」 「………無理。……我慢しろ」 運転を………名前も知らない次期社長さんに代わってもらったのが、運の尽きだったんだ。 「こっちが近道だから」て、林道みたいなとこに入って、人気もない………。 おばけすら出てこないような、その林道の奥深くに車を止めたその人は、助手席のシートを押し倒すと、僕に覆い被さる。 ………正直。 びっくりしすぎて、声が出せずに。 ろくに抵抗すらできずに。 ………処女、っていうのかわからないけど。 童貞喪失より先に、この人に奪われてしまったんだ、僕の処女を。 平凡な僕の生活が一変した瞬間だった。 衣服を強引に剥ぎ取られて、体中をその舌で愛撫される。 押さえ込まれた僕の中に指を入れたかと思うと、弾いて、本数を増やして…………次期社長さんは、僕の中に自分のソレを突っ込んで………僕をかき乱す、激しく揺さぶる。 いやだ………僕は女の子じゃない。 女の子じゃないのに………。 やたらめったら、気持ちいい………。 ちがっ!!ちがうぞ!? よく考えろ!!これ、レイプじゃないか!! 「んやぁ………や……」 抵抗すればするほど、気持ちいいのと、怖いのとが頭の中でせめぎあって………。 混乱して、胃液が逆流しそうになる。 なのに、僕の体は正直だった。 「………ぁあっ」 童貞で他人にイカされたのも初めてな上に、こんな風にイカされたのも未経験な僕は、そのまま、名も知れぬ次期社長さんに身も心も委ねて、漆黒の林道の闇に意識を沈めたんだ。 次に目を覚ました時は、会社の駐車場にいて。 着ていた服も体も、ちゃんと整っていて。 一瞬、夢か?!って思ったんだけど。 車の中の時計は午前1時を回っていて、さらには助手席に座っていて、なにより。 次期社長さんの名刺が、僕の膝の上に乗っていたから………一気に背筋が寒くなった。 〝羽瀬史門〟 ………芸能人みたいな、名前。 その名刺をひっくり返すと、さらに衝撃的なメモが残されていて、僕は腰が立たなくなってしまったんだ。 〝最高の時間をありがとう、また、よろしく。史門〟 ………サイコウノジカン? ………マタ、ヨロシク?? その日からなんだ。 僕の調子………いや、周りの様子がおかしい。 街を歩いていても、ナンパをされる………男に。 バスや電車に乗ったら、ほぼ100%の確率で痴漢にあう………男なのに。 取引先の人にもやたらと飲みに誘われたり、「前々から、倉津君のこと好きだったんだよね」と告白をされたり。 人生最大のモテ期が到来してしまったかのような、そんな状況に陥っている。 モテ期………と言ってもさ、女の子にモテなきゃ意味ないだろっ!! 童貞こじらせると、こんな風になるのかな……? 同じこじらせるんなら、違う方向でこじらせたかったよ…………。 本当……情けない………。 『よう、久しぶり』 受話器から聞こえるその声が、容易に電話の先の人を想像させて、僕は一気に体温が低下した感じがした。 受話器を握る手が、冷たくなる。 ボールペンに絡んだ指が、震えだす。 「………ど、どちらさまでしょうか?」 『あ、そういう態度とる?だったら、この間のこと会社の人に』 「わーっ!!」 羽瀬史門………。 小浜町の取引先の次期社長が、僕にはヤギのツノが生えた悪魔のように感じる。 電話口で大声を上げた僕に、事務室にいた一同の視線が一斉に僕に向けられた。 その視線にピリピリとした痛さを感じて、僕は受話器に手を当てて極力、この人との会話を他人に聞かれないように必死に身を縮める。 「会社の人にバラしたいのは、僕の方なんですけど!!」 『いいけど?俺、バイだし』 「…………バイって、またそんな、器用な……」 『でさ、明日なんだけど。協会の寄合でそっちに行くことになったから、あんたん家泊めてよ』 「はぁっ?!」 『泊めてくれないと、この間のこと』 「わわ、わかりました!!わかりましたからっ!!」 『悪いね、倉津君。ついでに連絡先教えてよ、不便だからさ』 「なんで、いちいちあなたに連絡先を教えなきゃ」 『この間のこ』 「わかりましたっ!!………名刺の携帯電話番号に後でかけますから!!」 会話の節々に感じる弱みを握られていて、いいようにされている気がして、無性に………。 くやしい。 元はと言えば、この人にヤられなければ、男相手に作用するモテ期を発動することもなかったのに。 起承転結も、喜怒哀楽もない、童貞ながら平凡で静かな日々を過ごしていたはずなのに。 強引にヤっといて、その相手に泊めてよとかさ。 後ろめたくないのか、この人は。 でなきゃ、心臓に毛でも生えてんだろ、マジでさ。 「倉津さん、なんかトラブルですか?」 向かいのシマに座っている大久保が、めずらしく僕に興味を示して、怪訝な顔で聞いてきた。 「いや、トラブルってほどでもなくて、なんつーか、なぁ」 さらに元を正せば、大久保が小浜町に一緒に行かなかったせいでこうなってるんだ。 今ほど、蓄積された〝今度絶対する予定のお礼〟をしてほしいと思ったことはない。 おまえが、強引な次期社長を泊めてやれよ。 「大丈夫ですか?倉津さん。なんか顔色悪いし、談話室で休まれたらどうですか?」 「そこまでないから大丈夫だって」 「いーや!具合悪そうです!!倉津さん、早く!」 「いや、だから、大丈夫だって」 急に面倒見がよくなったのか、大久保は僕の手を掴むと、僕を引きずるように談話室に連れ込む。 「だから、大丈夫だって」 「倉津、さん」 談話室の内鍵がガチャッと乾いた音を立てて、いつもはヘラヘラおちゃらけた大久保の顔が、いつにもなく真面目な感じになっていて………。 僕は、毛穴が泡立つのを感じた。 これ、モテ期発動中なのか………? 「何?大久保………僕、大丈夫なんだけど」 「倉津さん、そんなに……色っぽかったですか?」 ………はい? 大久保、おまえは何を言ってるんだ? 大久保の目がいつもと違って………。 ヤバい、これはヤバいぞ。 「わっ!!」 ヤバいって、のん気に考えてた瞬間だった。 大久保が飛びかかってきて、僕の体は毛羽立った畳の上に叩きつけられた。 「おおおおくぼーっ!!」 「静かにしてよ、倉津さん………暴れると、めちゃくちゃにしたくなっちゃう」 その常軌を逸した大久保の言葉に、僕はゾワッと体が震えて、羽瀬にヤられた時みたいに、抵抗することができなくなってしまった。 「や、やだ……なに、すんだよ」 「………わかんねぇ。わかんねぇけど、倉津さんが好きでたまんない」 リア充だろ、おまえは! 僕が持ってないものとか、僕ができないこととか、僕より恵まれてて………。 僕より幸せじゃないか!! なのに……なのに……僕が好きってなんなんだよ!! 運命の神様は、イジワルだ………。 なんで、僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ。 そう思うと、苦しくて、歯痒くて………。 僕は大の大人なのに、涙があふれて止まらなくなった。 「倉津さんの泣き顔も、そそる………」 「っ!!……ん、やぁ」 別に大久保にそそってもらいたくて、泣いてるワケじゃない。 ………やめてもらいたい。 そして、自分自身が情けない。 車の中で羽瀬が僕にシていたみたいに、大久保は僕の作業着とかスラックスを器用に脱がして、興奮気味に僕の体を愛撫する。 「倉津さんのココ、柔らかい………初めてじゃないの?」 「やぁ………やめっ……」 「処女じゃないとか……なんか、ムカつく」 まさか、また。 しかも職場で、こんなことされるとは思わなかった。 羽瀬とは、違った………勢いと、強引さと。 息つく暇もなく。 僕の中にねじ込んで、擦るように奥まで突き上げて………。 僕はあの時と同じように、信じられないくらいよがって………。 イカされて………。 頭では、メーターが振り切れるほど嫌々度マックスのなのに、体はグズグズに熱くなって、その気持ちよさに溺れてしまう。 「んぁあ……あ、っあ」 「倉津さん、ダメだ………俺、イきそ………」 ふわっ、と。 優しく僕の唇に柔らかな感触がしたと思ったら、口の中をかき乱して………。 それなりの動画を見て、あれこれ鍛えた僕の妄想の中で描かれていた、理想そのもののキスをされた。 モテ期がおこると、誰それ構わず襲われて、最後までイたされちゃうんだろうか……?? 羽瀬に襲われて、まだ1週間ちょい。 今度は、大久保に襲われてしまった。 ………しかも、会社で。 僕に到来したモテ期は、今までの起伏のないつまらない人生を取り返すかのように。 少しずつ、あらぬ方向に狂っていってるのかもしれない。 「いや、悪いね。泊めてもらっちゃったりなんかして」 少し、いや、だいぶ酒が入って上機嫌になっている羽瀬は、精悍で整った顔を少し赤らめながら、僕の部屋に慣れた感じでドカッと座った。 コイツ………絶対、悪いって思ってないだろ。 「しかし、あれだな。女の気配が全くしない部屋だな」 「ほっといてください!」 しかも、ストレートに非リア充をディスられて、悔しいやら、ムカつくやら。 「だいたいあなたがあんなことをしたから!!………」 「したから?」 しまった……!! 余計なことを口走ってしまった!! 「したから、なんだよ?」 自分家なのに、羽瀬に支配されてるみたいで、身の置きどころがない……。 思わず俯いた僕の顔を、羽瀬は僕の顎に手をかけて、強引に目線を合わせた。 ………アゴクイって、やつかコレ? いよいよ、疑いようもなく………。 僕は、モテ期到来を確信した。 「色んな人……男に言い寄られて困ってるんです!痴漢なんか日常茶飯事だし、取引先の人からは告白されるし!昨日なんかっ!!………あっ!」 「昨日なんか?………昨日、何があったんだよ?」 あ………また、しくった……!! 「おい、倉津蓮。何があったか、言えっ!」 羽瀬の手に力が入って、僕の顎をさらに強く握ると、僕の顔はさらに羽瀬の顔との距離をつめる。 無理だ……この圧………無理だ。 「………ヤられた」 「は?」 「あんたが僕にヤッたみたいに!!会社の後輩にヤられたんだよ!!いきなり押し倒されて、しかも処女じゃないとか、文句垂れてさ!!なんなんだよ!!全部、あんたのせいなんだよ!!」 僕の剣幕に、羽瀬はひるんで欲しかった。 「ごめんな」とか言ってさ、ソッと部屋を出て行って欲しかった。 なのに………なのに………。 「へぇ……そう。じゃあ………どんな風によがったのか見せてくれよ、なぁ?蓮」 その羽瀬の一言が、あまりにも冷たくて………。 僕はまた、ゾワッと体が震えて、抵抗することができなくなってしまったんだ。 あっという間に組み敷かれて、あの時の、車の中でヤられた時のように、羽瀬に体中を舐められて、僕の体が熱を帯びた。 「や…らぁ……んぁ」 「なんだよ……なんちゅう顔してんだよ………」 僕の中に入った指が、おかしくなりそうなくらい感じてしまうところを執拗に弾いて……。 体がしなる………。 声が、乱れる。 「もっと、よがれよ………オラ」 「……や………やぁ……」 後ろから抱きしめるように、優しく僕を包んでるのに、羽瀬のソレは僕の中を突き破るんじゃないかってくらい突き上げて、かき乱して………。 やばい、また……とんじゃう………。 ピンポーン。 いきなり鳴り響く、ドアのチャイム。 僕の意識は、一気に夢心地から引き戻されて。 羽瀬の動きが、僕の中で止まる。 『倉津さーん!大久保でーす!』 ………な、なんで、大久保?! なんで大久保が、僕ん家くるんだよーっ!? あまりのことに、僕は何も言葉が浮かばないくらい………。 頭が真っ白になってしまった。

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