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#2
「………誰だよ」
「……こうはい…」
「へぇ…」って言った羽瀬の表情と声音が、僕の胸に突き刺さる。
嫌な予感しか、しない。
「玄関まで連れてってやるから、ちゃんと応対しろよ」
「えっ?!」
「ちゃんとできたら、なんでも言うこと聞いてやる」
「はぁ!?」
羽瀬はそのままの、イたしてる状態の僕を軽々と持ち上げると、玄関のドアに両手をつかせて後ろから僕を逃げないように抱きしめた。
「ほら。ちゃんと応対しなよ、蓮」
………くそーっ!!
なんなんだよ!!
なんの罰ゲームなんだよ!!
「は……い………おおくぼ?」
『倉津さん!一緒に飲みませんか?』
はぁ?!
今までそんなこと一度っきりもなかっただろ?!
昨日、あんなことしといてなんなんだよ?!
昨日の今日で、蓄積された〝今度絶対する予定のお礼〟をしにきたってか?!
色んな怒りがこみ上げてるのに、羽瀬に突っ込まれたまんま、玄関のドアを一枚隔てて倉津の相手をしているこの状況に、僕の体は緊張してくる。
「……っ蓮!締めすぎ!」
「仕方ないじゃないですか!」
僕の耳元で小さく動揺する羽瀬に、僕は思わず反論してしまった。
『倉津さん、誰かいるんですか?』
「あ?……ぁあ、ともだちが………」
『めずらしいですね。友達なんかいましたか?』
………失礼なヤツだな、大久保お前は。
田舎に帰ったら、いることはいるんだよ、友達も。
「田舎から、とも…だち…きてて……今、ちょっと込み入った話をしてるから」
『………本当ですか?』
「本当だってば!……っい!………だから、今日は悪いんだけど……」
『じゃあ、お友達も一緒に飲みませんか?』
食い下がるな、コイツは………。
「ごめん、今日は……ん………本当、無理だから」
『でも』
「大久保っ!!」
言うことを聞かない大久保のもどかしさと、なんでも言うことを聞かそうとする羽瀬の強引さの板挟みに苛まれて、僕はたまらず、大きな声をあげてしまった。
「……空気、読めよ。無理って言ってんだろ……」
『……わかりました。今日は帰ります。次は早めに連絡しますから』
「………ごめん、な。大久保。また、今度な」
玄関のドアの気配がなくなって、大久保のドカドカ歩く足音が離れていって、階段を下りる音がして。
………やっと、解放された。
ホッとしてそう思った瞬間、腰が立たなくなった。
羽瀬に、がっちり体を支えられる。
普通に考えたら、多分ノーマルな状況でもありえない。
イロモノのAVでもないだろ、こんなの。
玄関先で大の男同士が真っ裸で絡み合って、相当な勢いで盛ってるみたいで………。
無性に可笑しくなってしまった。
「………何、笑ってんだよ、蓮」
「いや……羽瀬さん、約束守ってよ」
「は?」
「ちゃんとできたら、なんでも言うことを聞いてやるって、言いましたよね」
ようやく羽瀬に解放されて、羽瀬は僕のベッドを占領して豪快にイビキをかきながら爆睡している。
強引な俺様的な羽瀬の性格からして、てっきり約束なんて反故にすると思っていたから、「ちゃんとやったんだから、今すぐヌいて、速攻で寝てください」って言う、僕の言うことなんて聞かないと思ってた。
羽瀬は僕の頭を軽く撫でるとあっさりヌいて、シャワーを浴びたら、電池が切れたように寝てしまって………。
あまりの羽瀬の素直さに、僕は呆気にとられてしまったんだ。
羽瀬といい、大久保といい。
陰キャラの僕がモテ期になったら、強引なキャラを引き寄せるらしい。
どうせなら、僕に優しくしてくれる人がいいし、さらに付け加えるなら女の子がいい。
モテ期になっても、僕は流されたまんまで。
それなりの行為が気持ちいいのは分かったけど、こういうヤリ方じゃないんだよな、僕が望んでいたのはさ。
流されて、抵抗もせずに、ヤられちゃってさ。
運命の神様は、一体僕に何をしようとしているんだろうか?
「蓮……」
急に羽瀬が僕の名前を読んで、僕はソファーから飛び起きるように体を起こした。
羽瀬は寝ていて……。
なんだ、寝言かよ………。
「蓮………好きだ」
………?
好き??
嘘だろ???
ただ、ヤるだけの相手なんじゃないのかよ?!
羽瀬といい、大久保といい。
僕のどこが好きなのか、すごくびっくりして、すごく興味がわいた。
羽瀬が起きたら、聞いてみよう。
会社に行ったら、大久保に聞いてみよう。
僕のどこに惹かれて、どこが好きなのか。
流されるだけが、僕じゃない。
この状況、打破しなきゃ僕は相変わらず流されたまんまで………。
きっと、このままだと後悔する。
だいだい、僕は羽瀬が好きなのか、大久保が好きなのかわからない。
はたまた、他のまだ見ぬ誰かが好きなのかもしれないし。
自分の存在や気持ちが謎すぎて………。
ふわふわした変な気分になってしまったんだ。
ガタッ!!
変な余韻に浸っていると、突然、ベランダから音が聞こえて、僕は飛び起きるくらい驚いた。
ど、泥棒か?!
僕は音を殺して、掃き出し窓に近づくとカーテンを勢いよく開けた。
「!!」
手で口を押さえてないと、大の大人なのに叫んでしまうんじゃないかと思った。
ベランダの掃き出し窓に、大久保が張り付いている。
大久保の顔も外灯にうっすら照らされているから………。
なんとも言えない、不気味さがあって。
ちょっとしたホラー映画よりホラーだろ、これ。
僕は掃き出し窓の鍵を開けて、そっとその窓を開けた。
「大久保お前何やってんだよ!!ここ3階だろ!?」
「ちょっと頑張りました」
「頑張りましたじゃないだろ?!側から見たら、間違いなく空き巣だって!!」
3階のベランダに自力で登ったことを、ドヤ顔で照れたようにしている大久保に半ば呆れつつ、僕は大久保の肩を掴んで部屋の中に入れる。
「お友達寝ちゃったんでしょ?俺と一緒に遊びましょうよ、倉津さん」
「………あのさ、お前さぁ」
「外、出られませんか?」
「でないよ、僕、疲れてるし」
「俺、倉津さんが好きなんですってば!!」
「勝手なことばっか言うなよ、大久保」
「そうだ、勝手なことばっか言ってんじゃねぇよ?ガキが」
低く響く男前な声が僕と大久保の会話に割って入って、僕はベッドに勢いよく顔を向けた。
「羽瀬さん、起きて……」
「黙って聞いてりゃ……蓮は俺のなんだよ。お前だろ、嫌がる蓮とヤッたってヤツは」
ご名答だ、羽瀬。
そうだ、そのとおりだ。
しかしだ。
その答え、お前にそっくりそのまま言ってやりたいよ。
「オッサンこそ誰だよ!!……あっ!お前だろ!倉津さんの処女を奪ったヤツは!!」
ご名答だ、大久保。
しかしだ。
お前が怒るとこじゃないだろ、そこ。
僕を無理矢理押さえつけてヤった奴らが、僕の所有権を誇示して、僕の部屋で言い争ってる。
この情景に僕の頭はぼんやりして、あーあって気分になって………。
あ、僕、また流されてる。
流されないって、今さっき決めたじゃないか。
決めたんだよ!!
「うるさいよ!!」
地味で印象にも残らない、人生の主役にもなりきらない、そんな僕が怒りを込めた大声をだして、さっきまでギャンギャン言い争っている2人の動きがピタッと止まった。
「なんなんだよ!!僕は2人のどっちかを好きだなんて言った覚えはないぞ!!なんで、おまえらは、僕の気持ちをまるっと無視できるんだよ!!信じられない!!」
「え?俺のこと、好きだろ……?」みたいな、独りよがりなことを口々に言う羽瀬と大久保を見て、僕の怒りはさらに爆発した。
「もう、いい!僕、会社辞める!!辞めてどっかにいく!!おまえらもう2度と僕の前に現れるなよ!!」
「はぁ?!」
「うるさい!うるさい!うるさい!僕はもう決めたんだよ!!出てけ!!出てけよ!!」
僕の本気度が、ようやく波動砲のように伝わったようで。
怒りに支配されまくっている僕を、2人してなだめすかして、ご機嫌をとって………今までの強引キャラはどこに行ったんだってくらい、僕に対して優しくなって、大事にして………。
ダメだっ!!流されたらいけないんだ、僕はっ!!
「………そんなに僕に好かれたい?」
2人はしつけられた犬みたいに、首を上下に大きく振った。
「それなら………お試し期間を作るってのはどう?」
「お試し期間?」
「お互いの手持ち期間は2週間。僕のことを大事に思ってくれた方を好きになる。ただし、強引なプレゼント攻撃や………エエエッチは、禁止!!」
「俺、不利じゃん……」
羽瀬が僕を睨んだ。
「そんなことで諦めるんだったら、その程度だったんだろ?その時点で勝負は終わる」
「じゃ、俺の勝ち?」
大久保はいつものおちゃらけた感じて嬉々として言う。
「何勘違いしてんだよ、大久保」
「………え?」
「僕のことを、大事に思ってくれなきゃダメなんだよ。不戦勝なんてまずあり得ない。大久保が諦めた時点でも、この勝負は終わるんだ」
モテ期でも、なんでも、関係ない。
………僕が、僕がちゃんとしなきゃ。
もう、流されないぞ!!………多分。
モーニングコールの時間がだんだん早くなってくる。
僕がスマホにセットした6時30分という目覚ましの時間より、だいぶ早い。
今、4時30分。
バイブにしているはずなのに、ベッドの上で激しく踊り出すスマホを掴んで、寝ぼけて視界が揺れる中、通話ボタンを押した。
「蓮、おはよう。起きたか?」
「おき………ました。おはようございます……羽瀬さん」
とりあえず起きて電話をとらなきゃ。
じゃなきゃ、この人はエンドレスでかけ続けるから………。
僕は多少無理してでも羽瀬さんからの電話にでるんだ。
それから一言二言会話をして、電話を切った10分後。
再び、ベッドの上でスマホが激しく踊り出す。
「倉津さん!おはようございます!!」
「あぁ、おはよう………大久保」
僕がお試し期間を付与した2人は、陰キャラ極まりない僕を振り向かせるため、朝のコールからガチンコで対決しているんだ。
はじめはちゃんと、6時30分に2人ともモーニングコールをしていた。
それから度々、ブッキングすることがあって、負けず嫌いの彼らは、ブッキングをしたくないがために、それをだんだん早くして、今の時間に落ち着いた。
僕がお試し期間を設定して、今日でちょうど1週間。
相変わらず、僕のモテ期は止まることを知らず。
見ず知らずの人に告白されたり、痴漢にあったりする以外は、大久保も羽瀬もだいぶ大人しくて、僕は結構快適に過ごしていた。
その1週間の反動か、はたまた自分をアピールするためのプレゼンか。
今日の夜から3人一緒に過ごすらしい。
仕事が終わって、3人で食事をして、何故か僕ん家に泊まって、明日は3人で遊びに行く。
………なんで、僕ん家に泊まるんだ?
………めんどくさいなぁ。
そんなことを考えてると、まぶたがおもたくなってきて………。
もう一眠りしよ。
「羽瀬さん、早かったですね」
「あぁ、この日のために有給休暇を取得したからな」
仕事が終わって、すっかりリア充感が薄くなった大久保と一緒に会社を出ると、キラキラに磨き上げられたホワイトパールのエルグランドが、駐車場に存在感甚だしく鎮座していて、中から羽瀬がにこやかな顔で僕に手を振った。
「これ、羽瀬さんの?」
「おう、蓮は助手席な。家までの道案内が必要だし」
「倉津さんの家、知ってんだろ、オッサン。俺、オッサンの車、倉津さん家の近くで何度も見たぞ?」
人の車に乗せてもらうクセに、大久保は鬼の首を取ったかのような自信ありげな表情で、羽瀬にかましてきた。
「つーか、なんでおまえがそんな事知ってんだよ」
………あー、はいはい。
2人とも、僕にだまって、僕ん家に1週間来てたわけね。
僕からしてみたら、2人ともストーカーだろってな感じになるわけで。
どうりで最近、僕の後をつけてくる変なヤツが減ったと思った。
「で、今日は何食べる?」
「何言ってんですか?倉津さん」
「何って、おまえが家でメシを作るんだろ?」
「…………」
僕は、なんですか?
家政婦みたいなもんですかね?
料理は得意ですから、いいですよ?別に。
「じゃあ、スーパーに寄ってください。食材がないんだ。もちろん、羽瀬さんと大久保が出してくれるんですよね?お金」
ここぞとばかりに、僕は2人に金を出させて好きなものばっかり買った。
しかも、モテ期の威力を、ここでもまざまざと見せつけられたんだよ、僕は。
タイムセールでもないのに、スーパーのお兄さんに上等なすき焼肉に半値シールを貼ってもらったり、プリンの詰め放題でおまけをしてもらったり。
………モテる、って。
イヤなことばかりだと思ってたけど、こんなイイこともあるんだなぁ、って。
モテモテな女の子の気持ちが、ちょっとだけ分かった気がした。
チヤホヤされるけど、言い寄ってくる人には必ず下心があって………。
嬉しい反面、相手の本心が分からなくて………。
人間不信になりそうだ。
羽瀬も、大久保も、このスーパーのお兄さんも………。
こんなパッとしない僕のどこに惹かれて、どこが好きなんだろうか………。
そして………。
こんな僕の複雑な心境を、羽瀬も、大久保も、わかるんだろうか………。
歯痒いようで、嬉しいような。
流されて生きてきて、家と会社の往復だった人生だったのに。
こんなに色んな人と喋って………。
人肌の温もりを………感じる相手が間違ってるけど………僕のことを真っ直ぐ見てくれる人がいて。
あれだけガチンコで僕を奪いあってる2人が仲良さげに買い物をしている姿が、眩しくで、キラキラしてて。
………現実味がなくて、足元がふらふら、する…。
「ねぇ、2人はさ、僕のどこが好きなわけ?」
思いの外、豪華になったすき焼きを囲みながら、僕はおもむろに2人に聞いた。
それまで、「蓮が作るすき焼きは関西風だ」とか「倉津さんのおかげでいい肉にありつけた」とか、のん気すぎる会話をしていた羽瀬と大久保の箸がピタッと、とまる。
「蓮、どうした?腹でも痛いか?」
「そうですよ、倉津さん。早く食べましょう!」
「気になるよ。どうして僕が好きなのか、僕のどこが好きなのか………それが、分かれば」
「………わかれば?」
いつになく真剣な眼差しの大久保が、僕の言葉を探るように言った。
「それが分かれば………僕は………」
あっ、ヤバい。
僕、なんか変なこと………言っちゃいそうだ。
だって、さ。
今まで就職して、こんなことしたことなかったから、さ。
流されて生きてきたこんな僕でも。
就職したら、変わる気がしてたのに………全く変わらなくて。
だから、だから………。
「2人のことを、もっと知りたいって思うかも。好きに………なるかも、しれない………かも」
………あぁーっ!!
言っちゃった!!言っちゃったよーっ!!
僕は、何言ってんだよ!!
そうじゃないだろーっ!!
「蓮?………とうとうその気になったか?」
いやいや、違うっ!!
違うんだっ!!
「さっき、倉津さんが料理をしてた時に言ってたんだよね、羽瀬さん」
「あぁ」
な、なななななにを言ってたんだよ、おまえらは!!
「何も、俺らが競わなくてもいいんじゃないかってさ。ね、羽瀬さん」
「2人で同じくらい蓮を好きなら、それでいいんじゃないか、ってさ」
………イヤ、イヤイヤイヤ。
おっしゃってる意味がわかりませんが、僕には。
大久保は僕の頰をそっと撫でて、優しく笑った。
「気持ちに気づくのが遅かった。倉津さんの何気ない優しさとか、かわいい笑顔とか………こんなにも好きなのに」
………はい?
なんだ、それ?
初耳………だぞ??
「オヤジから〝サクラ精巧に気の利く、かわいい子がいる〟って聞いてたんだ。どんな子なんだろうって。実際会ったら、ガッツリ男でさ。でも、自分でもびっくりするくらい、蓮に惹かれた。一目惚れなんだよ。蓮の全部が好きなんだ」
オヤジの魅力………基、大人の魅力をまとった羽瀬は、僕の頭を優しく撫でて………。
運命の神様は、イジワルだ。
僕は、女の子にモテたいんだよ。
なのに、なのに………。
方向性は間違ってるけど、目の前の2人は、僕が欲しかった言葉を。
僕の胸にグサッと突き刺さる言葉を、口にして。
人生初の、主役になってしまったような、錯覚がおきる。
………ヤバい。
嬉しくて………泣きそうだ。
これって、きっと………いつもみたいに、流されてるんだろう、けど。
この瞬間、お試し期間なんか、エッチ禁止なんか、どうだってよくなったんだ。
「……じゃあ、2人の好きを……僕に見せて、よ」
「……ん、や……やぁ」
「イヤじゃないんだろ?この隠れ淫乱」
「倉津さん、ここも感じるでしょ?」
あれよあれよという間に。
僕ん家の狭いベッドの上に、大人の男が体温を求めるように、肌を重ねて、絡まり合う。
3人でなんて………。
僕が自らハードルを上げてしまった感は否めないけど。
羽瀬が僕の足を肩にかけて中を擦るように貫けば、後ろから抱きしめる大久保は僕の胸の硬くなったところを執拗にいじってキスを迫る。
「……んっ、んんっ」
「蓮……今日、おまえ………キてる」
僕が、誘った。
初めて、自分の意思で。
流されずに。
僕が、「2人の好きを、見せて」って言って。
………ダメだ……。
逃れられない………。
気持ち良すぎて、逃れられなくて。
…………おかしくなりそうだ。
いつの間にか。
寝落ちなんだか、なんなんだか。
目が覚めると、狭いベッドの上に大の大人が3人、ひしめき合って寝ていて。
………や、やってしまった。
僕は、なんちゅーことをやってしまったんだ……。
正気に戻った途端、恥ずかしさと後悔に苛まれて「あーっ!」って叫びたくなった。
いくら僕を好きな理由が、グッときたからって。
いくら2人を好きになりたいかも、って思ったからって。
いきなり3人でスるってのは、どうなんだよ?!
僕、淫乱でアブノーマルじゃないか!?
………あぁぁ、恥ずかしい。
思わず両手で顔を覆ってしまった。
次、目が覚めた時。
僕は2人にどんな顔をすればいいんだろうか。
「……蓮?起きてんのか」
左側の耳元で羽瀬の声が響いて、あまりの気恥ずかしさに、僕はとっさに嘘をついた。
「………寝てます」
「嘘ついてんじゃねぇよ」
まともに羽瀬を見れない僕の体を、羽瀬はその体に引き寄せて、面食らうくらい優しいキスをする。
「……は、ははせ、さ……」
「やべぇ、な。何度でもヤりたくなる、マジで」
「え?」
「おまえの名前……おまえにピッタリだ」
「……え?え?」
「佇むようにひっそり蕾を宿して、一気開花して魅了したと思ったら、すぐ散ってしまってその姿が手から離れる………地味なのに、可憐で、儚くて。マジで、ヤバい」
………いや、僕。
そんな神秘的なキャラじゃないよ?
名前の由来もめちゃくちゃ適当だし………1番上の姉が蘭で、2番目の姉が菻で。
〝るん〟はあんまりだ、ってことで蓮ってなっただけなんだけど………。
やっぱり、モテ期の僕には何かしらのフィルターが、かかってるらしい。
だからいい大人の羽瀬が、こんなこっぱずかしいことを平気で言えたりするんだ。
それでも、羽瀬のその表情は嘘を言っている感じがしなくて、つい、見惚れて………。
羽瀬の感情に負けてしまった僕は、羽瀬と唇を重ねる。
「………んっ…」
……あぁ、ヤバいな。
童貞の僕には優しいキスが、ヤバいくらい効きすぎる。
「ちょっと……何、2人でいい感じになってんですか?」
………このタイミングで、起きるか?!大久保っ!!
「黙って聞いてりゃ、勝手に倉津さんを妖精化しちゃってさぁ。倉津さんはそんなんじゃないんです。笑顔が穏やかで、優しい眼差しで。羽瀬さんより長く付き合ってる俺が言うんです。倉津さんは蓮は蓮でも、レンゲ草です」
……また、地味なのがきたな。
かたや蓮、かたやレンゲ草って。
………僕のことが、好きって。
そういう2人の、僕に対するキャラ設定がバラバラすぎて、やっぱりモテ期って………。
ヤバすぎる。
「俺も混ぜてよ、羽瀬さん」
「あぁ。じゃあさ、蓮を後ろから気持ちよくさせてくんない?俺、蓮のイキそうな顔が見たいんだけど」
また、またまた、おまえらは勝手なことを!!
さっきも、かわるがわるヤっただろ!?
僕が寝落ちだか、なんだかわからなくなるくらい、激しくしただろ!?
身をよじって、僕はその場から逃げようとした。
でも、それは所詮、結構無理な話で。
体は羽瀬によって固定されてるし、大久保はヌルヌルなままの、僕の中に指を入れて広げてくる。
「……や、や、だ……もう、ダメ」
「何言ってんの、倉津さん。ココ、ヒクついてんじゃん」
「欲しがってんだってよ、蓮」
………また、だ。
また、乱れる。
また、どうにかなる。
急に、本当に魔法がかかったみたいに、モテ期になった僕の心はこんなに愛されることを覚えて、僕の体は隅々まで快楽を覚えて。
もし、また急に。
この魔法がとけて、元の陰キャラに戻った時。
愛されないことに、耐えられるだろうか……。
体が覚えた快楽を、抑えることができるだろうか……。
やっぱり、運命の神様は、イジワルだ。
こんな経験をしたからなのか、僕は非常にわがままになっている。
2人を独占したい、2人と一緒にいたい。
2人とも、愛しい、なんて。
なんて………。
なんて………僕は欲張り、なんだろうか。
だから、僕は……。
魔法が切れる前に、かなり打算的な下心を抱きつつ。
快楽に、気持ちよさに、そんな波に飲まれながらも言ってしまった。
まず、今までの僕じゃありえない、そんな一言を口にしてしまったんだ。
「3人で……一緒に、暮らしたい………ずっと一緒にいたい………ダメ、かな?」
日曜日の朝、僕は惰眠を貪る暇がないくらい忙しい。
ご飯を炊いて、油揚げの入った味噌汁を作る。
息つく暇もなく、目玉焼きと魚を焼き終わったら、洗い物を片付けて洗濯物を干す。
アイロンをかけるシャツをカゴに入れていたら、リビングに人の気配がするんだ。
「おはよう、羽……史門さん」
「おはよう、蓮。うまそうな匂い」
「大久………真幸は?」
「まだ、寝てる」
「ご飯にするから、起こしてきてくれない?」
「分かった。………その前に」
羽瀬改め、史門は僕の体を引き寄せると、軽くキスをおとす。
「ちょっ……史門さん、こぼれる!!」
「いいじゃん、1週間の充電させろよ」
「………ん、もぉ……史門、さ」
「またぁ!2人だけでいい感じになってる!!」
寝起きの大久保改め、真幸はまだ眠い目を擦りながら、嫉妬全開で寝室から現れた。
「しょうがねぇだろ、俺は言わば単身赴任みたいなもんなんだよ。おまえみたいに四六時中、蓮とイチャイチャできるわけじゃねぇっつーの」
「俺だって史門さんに気を使って、蓮さんには極力触れないように1週間すごしてるんだってば!!」
………あー、はいはい。
わかってる、わかってるよ。
2人が1週間、禁欲生活をしていることくらい、痛いほどわかってるよ。
わかってるから………すごく、愛しい。
あの、僕が3人でイタシた日に提案した「3人で一緒に暮らしたい」という願望は、満場一致で可決され、こうして3人で一軒家を借りて住んでいる。
ただし、史門の職場は、ここからあまりにも遠すぎるため、普段は小浜町の実家に住んで、金曜日の夜から日曜日にかけて、こっちに帰ってくるという生活をしているんだ。
あのおちゃらけた真幸も、意外と体育会系だったようで。
史門がいない時は、頑張って我慢しまくって、僕にキスをするくらいで、後は本当に修行僧のように無欲無心の悟りを切り開いている。
だから、さ。
こういう風に3人集まった時は、僕が2人に色々………まぁ、本当に色々………尽くしてあげたいって、思うんだよ。
「1週間見ない間さぁ、蓮。また、おまえ色っぽくなったか?」
「え?わかんない」
「いや!史門さんの言うことは合ってる!!この間も取引先の営業に告られてたし、バスの中では男子高生に告られてさぁ。俺、気が気じゃないんですって」
そう、慣れてきたせいもあるかもしれないけど。
運命の神様のイタズラは、まだまだ継続中で。
僕のモテ期は、まだ終わらなかったりする。
きっと、原因はこの2人にあるんだ。
2人からたくさん愛してもらったら、どことなく自信がついて、人と話すのが億劫じゃなくなったし。
2人のことを精一杯愛そうと決めたから、自然と笑顔も増えてくる。
真幸が服を見立ててくれるから雰囲気も明るくなったし、史門が眼鏡のかわりにコンタクトを進めてくれたから視界がひらけたし。
だから、惹きつけるのかもしれない………やっぱり、男を。
今までの人生の中で今の僕が1番充実してるし、今の僕が1番好きで。
その流れで。
陰キャラ、をいつの間にか卒業してしまったらしいんだ、僕は。
このまま陰キャラで、ずっと、一生1人なのかなって、思ってた時が嘘みたいだ。
「………心配、かけてる?」
「まぁ、その………蓮のこと、信用してるからな」
「大丈夫!史門さんがいない間は、俺が蓮さんを守ります!!」
「………おめぇが1番危ねぇよ、真幸」
「何言ってんスか!俺、こう見えても真面目なんスから!
おかしくて、さ。
たまらず、笑ってしまった。
「なんだよ、何笑ってんだよ。蓮」
「元はと言えば、蓮さんがモテすぎるからでしょ?!」
だから、僕は毎週同じセリフを、満を辞して言うんだ。
「ごめんごめん。じゃあ、お詫びに。2人が好きだから、片付け終わったら………シようか?」
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