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第1話
「やべえ奴に付きまとわれてる」
食堂にて、箸を片手に重い口を開き、向かいに腰掛けて食事をしている二人を交互に見つめる。
「やべえ奴……? え、え、なにそれ! 峰 クン、どんなやつ~!?」
心配してくれるかと思いきや、向かって左側で味噌汁を啜 っていた青年が目を輝かせ、あからさまに楽しそうに声を弾ませている。
口元のピアスが特徴的な成山 は、落ち着かない様子で椀を置くと身を乗り出し、面白そうな話の続きを早く聞かせてくれといわんばかりに笑みを浮かべている。
「ふ~ん……、で?」
そして心配してくれるかと思いきや、向かって右側で話を聞いていた高久 が口を開いたかと思えば最高に興味がなさそうに相槌を打ち、早く続けろよといわんばかりに視線を寄越す。
「で、てお前な……。もっとこう、他に言うことはねえのかよ」
「言うこと……? ああ、ラーメン伸びんぞ」
「そうじゃねえよ、それも大事だけど!」
ったく、こいつらは!
とは思いながらも麺を啜 り、一旦気持ちを落ち着かせるべくレンゲでスープを飲み、溜め息をつく。
「で? そのやべえ奴ってなに? どんな奴? どこにいんの!?」
「どこって、校内にいるって」
「マジで!? え、タメ? クラスは?」
「二年らしいぞ。クラスは知らねえ」
「一個下か~! どんな子!?」
「子とか、そんな可愛い感じじゃねえよ。そもそも男だ」
「いやいや可愛い男の子もいるっしょ! 俺みたいに!」
そう言うと成山が、とびきりだろう笑顔と共に決めポーズをとってくる。
「アホはほっといて。なんでやべえ奴なんて話になるんだよ」
「え~ん! 響 ちゃん、ひどい! かまってよ~」
バッサリ切り捨てた高久の肩を揺らす成山をよそに、数日前の出来事を思い返しながら言葉を紡いでいく。
「いや……、一人でいた時に、突然話し掛けてきたんだよな。そいつが」
「お前そいつ知ってた?」
「知らねえ……。マジで顔も見たことねえっつうか、まあ学年ちがうしそれも当然か……」
記憶を掘り返しても、今まで話した事もなければ顔も知らず、本当に突然目の前に現れたような印象であったが、物怖じしない様子に知り合いだったかと少し考え込んでしまった。
「でもさ~、話し掛けてきたってことは、相手は峰クンのこと知ってんだよね?」
「そうみたいだな。俺のこと知ってんのかよっつったら、峰木 淳哉 ってフルネームで言われたわ」
「つか、お前知らねえ奴なんかいねえだろ。なあ、成山」
「だよね~! 峰クンといえば、この学校を牛耳 る悪の不良先輩として有名だし」
「そのろくでもねえ噂はどっから出てんだ? 何もしてねえっつうの、俺は……。悪ってなんだよ、善のかたまりだわ」
何処からともなく生まれた噂が一人歩きして、今では手がつけられないくらい肥大して蔓延 している。
いちいち訂正するのも馬鹿らしくて放置していたつけが回ってきたのか、何にもしていないが大体の生徒に怖がられている自覚はある。
「特に後輩ちゃんからは恐れられてんのに、その子よく話し掛けてきたよね~! 峰クンなんかになんの用?」
「なんかはよせ」
「下剋上……? お前を倒して俺が学園のトップに的な……」
「マジか! ナイス名推理だ、響ちゃん! え、超面白そうじゃん決闘を申し込みにきたんだって!?」
「されてねえよボケ。落ち着け」
冗談なのか本気なのか分からない高久に釣られて興奮を抑えきれない成山による地獄絵図を淡々と切り捨てつつ、まだそれだったら分かりやすくて良かったよなあとも思う。
決闘を申し込まれてる感じではなかった、明らかに。
ただ付きまとう宣言をされたような気はしている。
「ちなみに峰クンさ~。その子ってどんな感じ? 赤茶っぽい髪の色?」
声を掛けられて視線を向けると、成山と高久が何やら同じ方向を見ている。
何か面白いもんでもあんのか、とは思いつつも振り返る程ではなく、記憶の糸を辿りながら件の人物を頭の中で思い描いていく。
飄々としていて、表情も殆ど変わらず、何を考えているのか全く分からない。
いわれてみればそんな髪の色だったような気もするが、どうして成山に予想出来るのだろうかと疑問がわく。
「え、お前今、赤茶っぽい髪の色っつった?」
「うん。なんつうか、食えない感じの子なのかな」
「そうなんだよ。なに考えてんのか全然わかんねえっつうか」
「うんうん、そういう感じする。でも顔はなかなかいんじゃね?」
「顔なんか良くたってしょうがねえだろ」
「いやいや、そんなことないって~! 俺がぜん興味わいてきちゃった! で、肝心のお名前は?」
「名前? あ~、そういやなんつってたかな」
会話を思い返しながら眉間にシワを寄せ、なんという名前だったろうかと首をかしげる。
「北見 篤己 です」
「あ、そうそう。それだ!」
目を瞑 って考えていた時に何処からか名前が聞こえて、そうだそれだと思わず嬉しそうに顔を向けたところ、思わぬ人物と間近で視線が交わって硬直する。
「隣、いいですか? 先輩」
「うわっ! で、でた……!!」
「出たとか、おばけじゃないんすから。つうか、俺しばらくココにいましたよ。ねえ、先輩方」
ガタッ、と盛大な音を立てて椅子から転げ落ちそうになる。
何とか踏ん張って傍らを見つめれば、涼しい顔をした北見が着席したところであり、状況が呑み込めなくて言葉が出てこない。
「へ~、キミが噂のやべえ奴? つか俺見たことあるよ、この子」
「俺も知ってますよ。成山 京灯 さんと、高久 響さんですよね」
「え~! マジ!? 俺有名人じゃん……」
「成山先輩は特に目立つんで。見つけやすいっす」
「だって響ちゃん……、いつでも俺を目印にしてね」
どことなく照れ臭そうな成山に対し、高久といえば相変わらずクールに話を聞き流している。
ホント正反対だよな、こいつら。
「キタミンてさ~、俺の記憶が正しければ風紀委員じゃね?」
「そっすね」
「は!? マジかよ、お前!」
もう愛称を授けたらしい成山が北見へ気さくに声を掛けるも、返答に自分でも驚くくらい声を張り上げていた。
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