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第2話
「はい、言ってませんでしたっけ」
「聞いてねえよ、一言も……。つうか、ますますなんのつもりだよ……」
傍らにて、当たり前のように腰掛けていた北見を見つめ、半ば呆れてしまう。
風紀委員といえば、学内における社会生活の秩序を保つべく組織され、校則違反の取り締まりから服装規定の遵守に至るまで幅広く活動し、生徒からは非常に煙たがられる存在である。
清廉潔白な優等生の集まり、という皮肉めいた印象を抱いていたが、委員会の一人が今目の前で涼しげな表情を浮かべている。
「つまり……、俺たちの乱れを正しに来たってこと!?」
胸の前で両腕を交差させながら肩を抱き、成山がわざとらしく怯えている。
確かに、三人の中なら真っ先に標的にされるだろう成山は、とにかく目立つ。
前髪の一部分だけ黒い以外は、肩にかかる襟足まで鮮やかなかわらけ色に染められ、両の耳と口元にはピアスがおさまっている。
一応制服を着てはいるが、指輪や腕輪が当たり前に装着されており、挙げればきりがない程に彼の服装はかっこうのマトであった。
実際何度も指導されているようだが、のらりくらりとかわして事なきをえていたらしく、これはいよいよ年貢の納め時なのかもしれない。
「そうなんですけど、正確にはちょっと違いますね」
「え、どゆこと? もしかして見逃してくれんの?」
「はい、先輩方お二人には何にもしませんよ。これから仲良くしてください」
「マジ~!? キタミン、やっさし! デキた後輩じゃん……。俺ファンになっちゃう」
おいおいおい、待て待て待て。
風紀を正すべき人間が、校則違反が服を着て歩いているような人物を前に堂々と見逃す宣言をしている。
いやコイツは、成山はダメだろ。
どこからつっこめばいいんだよ、と心中で騒ぎ立てていたが、ふと疑問がわいて先程の台詞をもう一度よく思い出してみる。
「先輩方お二人には何にもしねえってことは……」
「峰木先輩は、残念ながら範疇 外ってことですね」
「ハァッ!? なんでだよ!」
「俺、先輩の専属なんですよ。だから先輩のことしか見ないし、取り締まらないし、他の子には手ェ出しません」
「……な? やべえ奴だろ、コイツ……」
衝撃的な発言に頭が真っ白になりながら二人へと顔を向け、やべえ奴という確固たる証拠を提示する。
成山と高久は、北見の言葉を聞いてから暫し黙り込み、やがて顔を向けて互いに見つめ合っている。
「峰クン……、いい彼氏じゃん? 俺は応援するよ」
「おい、現実逃避すんな」
「そいつをやれば俺たちは放っておいてくれるんだな?」
「取り引きみてえになってるけど!? テメエもにっこり頷いてんじゃねえよ成立してねえから、なんにも!」
満足そうに北見が頷くので、すかさず声を上げる。
専属ってなんだよ、聞いたことねえぞ!?
いきなり現れたかと思えば、到底受け入れられないような事を淡々と述べられ、もうどうしていいか分からない。
成山と高久といえば、安全圏から物珍しそうに眺めており、薄情なやつらめと恨み言が出そうになる。
こういう時こそ冷静に、と自身を落ち着かせようとするも、いやいやこんな状況で冷静になれるわけねえだろとノリつっこみが止まらない。
「そもそもなんで俺なんだよ」
恨めしそうに傍らを睨めつけ、面倒なことを抱えてきた北見に問いただすも、考えれば考える程によく分からない。
「だって不良ですし」
「そんなこと……、あるか? て、答えになってねえ!」
「今まで取り締まられたことなんて、ほとんど無いんじゃないですか?」
「あ~……、それはまあ、言われてみればそうかもしんねえ。だって目ェ合わすと逃げられんだよ。そっちから呼んだくせに」
「俺は逃げないので安心してください」
「俺が逃げるから安心しろ」
風紀委員といえば、登校時や休み時間も各所で目を光らせ、規律に反する生徒へと声を掛けている。
そのような連中に金色の頭髪が引っ掛からないはずもなく、後ろから呼び止められたことは何度もある。
しかし振り返れば大体二の句を告げられず、怯えた様子で走り去られてしまうので、なんだったんだと首をかしげてばかりであった。
「つうか、風紀が廊下走っていいのかよ」
「先輩が怖かったんでしょうね」
「何にもしてねえのに」
「大丈夫ですよ、俺は怖がったりしませんから」
「いやマジで怖がってほしい。どうしたら離れてくれんの?」
「そうですね。模範的な生徒になれたら考えてやってもいいですよ」
「ならねえし、なったとしてお前は俺を笑う気がする」
「爆笑っすね、手ェ叩きます」
「おいコイツ、なんとかしろよ!」
傍らを指差し、向かいで様子を窺う二人へと言いつけるも明らかに温度差を感じ、切迫した状況が一つも伝わっていない。
成山といえば顔を綻ばせ、高久といえば仏頂面だが危機感を抱いていないことだけは明らかだ。
孤立無援、そんな言葉が頭を過りつつ、貴重な兵士を二人も買収されて途方に暮れてしまう。
「何でキタミンはさ~、峰クンに目ェつけたの?」
「それは、面白そうだったんで」
「だって、峰クン! おもちゃにされてんじゃん!」
何の躊躇いもなく答える北見に、成山がおかしそうに声を上げて笑っている。
全然笑えねえけどな!?
という苛立ちは伝わらず、成山はすっかり北見が気に入ったらしい。
「俺はそんな悪い奴じゃないと思うけどなあ、峰クン」
「ハァッ? ついさっき会ったばっかじゃねえか」
「そうだけどさあ、キタミン絶対いい子だって。わざわざ声掛けてくるような子いないよ~? 峰クン怖い! て怖がっちゃう子が大半なんだしさあ。大事にしなって。ね、響ちゃんもそう思うっしょ!?」
「高久……、まさかお前も……?」
唐突に注目を浴びた高久が、一瞬驚いたような表情を浮かべてから順番に顔を見つめ、何を言うのかと思えばおもむろにコップを手にして水を飲む。
「て、なんか言えよ! ドキドキした時間を返せ!」
「……いいんじゃねえの? なんか楽しそうだし、俺のこと見逃してくれるっていうし」
「俺は楽しくねえしそっちが本心か!」
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