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第37話
視線が絡んだのは一瞬。
リカルドの瞳から逃げるように、イリスの視線は横に逸れ、沈黙が続く。
「……」
「……おい」
「その、最期の願いだと、請われてしまってな。俺は、最期という言葉に弱くてな。どうも、姉の顔がちらついてしまって、拒めなかったんだ。それにこの口一つで、一人の兵士の士気が高まるなら、安いものだろうと思っていたから」
討伐隊時代の話をしているのだろうということは、わかった。
「好いていたわけではないのか?」
「まさか。ただ、死にゆく者の願いだからと、応じた、それだけだ」
イリスは惑っていた。あの行為に対しては、自分が間違ったことをしたとは今も思っていない。本当に人助けの一環としか考えていない。
ただ、リカルドが明らかに面白くないと思っているのは、分かる。しかし、その理由が分からない。
「どんな口付けだった」
「どんなとは……、唇と唇が触れるだけの、子供の戯れのようなものだ」
「お前の知る口付けは、それだけか」
「それだけも何も、他にあるのか……?」
上目遣いでリカルドを見つめるイリスは、叱られた子供のようで。
「知らないふりしてんのか、確かめてやろうか」
「あ」
唇に触れていた手が、イリスの顎をつかむ。
顔が、近い。
精悍な顔立ち、いつもは余裕を浮かべた瞳が、熱を宿していると気がついた時には、もう奪われていた。
自身の唇重ねられたものが、愛しい男のそれであると認識するのに、時間はかからなかった。イリスはこの感触を知っていたからだ。
ただ、イリスが知っているのは、ここまでで、唇はすぐに離れるだろうと思った。子供のような口付けは、そういうものだったからだ。
「ん」
唇が離れたかと思ったら、また重なる。そんなことを何度か繰り返し、されるがままになったイリスに気をよくしたのか、リカルドは可憐な唇へ自らの舌を差し込んだ。
意図せず、鼻にかかった声が漏れる。それと同時に、口内への侵入を許してしまう。
歯、上顎、舌を蹂躙されてしまい、もう、イリスにはなす術がない。背筋がぞくぞくする。逃げようにも、抱き寄せられ動くことができない。
痺れが走る。
こんなものは、知らない。怖い。怖いのに、このままでいて、欲しい。
身体の力が抜けたイリスは、リカルドからの愛を受け入れることしかできなかった。
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