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第36話
ここは、リカルドの要求に答えるべきだと、イリスはわかっていた。自分は彼の想いに心を寄せたのだから。彼が必要だと言ったのだから。勇者という地位はあれど、財は持たない身の上だ。捧げられるものといえば、この身体くらいしかないだろう。
ただ、かつて見たあの者たちのように、振る舞うことが、自分にできるだろうか。全てをさらけ出して、身を委ねて、などということが。そう思うと、躊躇いが生まれてしまう。
いきなり襲うような真似はしないと、リカルドは言ったが、それを理由にいつまでも避け続けることはできない。
しかし、やはり、怖さが勝ってしまう。何と情けないのだろう。邪竜を前にしても、恐れることなどなかったこの身が、愛を前に臆病になるなど。
捨てられてしまうのではないかという恐怖が、こうも、心を弱くするとは思ってもいなかった。
「お前が応じないからといって、見捨てるような真似はしねぇから、安心しろよ」
ふいにかけられた言葉。何と優しい響きなのだろうか。
イリスが礼を言おうとしたその時、リカルドは髪をかき上げ、苦笑いして言う。
「いや、違うな。俺が、お前を怖がらせてるんだな。今まで仲間として接しておきながら、こんな態度を取るんだからな」
「そうじゃない!」
思わず大きな声を出してしまうイリス。その事実にも、心の中で感じたことにも、思わず顔を赤らめてしまう。
「その、俺は知識は、あるが……。いざ、自分の身に降りかかるとなると……何も分からない。だから、貴方に、幻滅されるのではないかと思って……」
「つまり、清い身体だと」
イリスから声にならない叫びが漏れる。核心をつかれ、何も言えなくなった図に他ならなかった。
「お前、そんなこと気にしてたのか」
「そんなこと、では」
「大体、お前が誰にも身体を許したことがないなんて、分かってるよ」
逃がすまいとでも言いたげに、強く抱き直す。
「むしろ、この身体を俺より先に暴いた者がいたとしたら……」
リカルドは片腕でイリスの身体を抱き、空いた手でその唇に触れる。血色の良い、柔らかなそれの感触を楽しむように、指でなぞる。
「唇を誰かに許したことは……?」
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