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僕は自分の誕生日が大嫌いだった。
その日が来なければいいのに...幼い頃は、ずっとそう思っていた。
世の中の誰もが、会った事もない外国人の誕生日に浮かれてる日。
なのに僕は誰からも祝ってもらえない日。
そう思っていた。
あの人に会うまでは。
そして今日は僕にとって、生まれてきて一番大切な誕生日になる。
今日という日が来るのをどれほど待っていたか。
コンパに引きずって行こうとする友人を振り切り僕は走った。
運動なんて元々得意じゃない。
『体育』なんて物から離れてもう2年。
間違いなく体力は落ちていた。
それでも走る。
あの人のもとへ。
俺を待ってくれているだろう、あの人の所へ。
一度だけ立ち止まり時計を確認する。
......大丈夫、まだ間に合う。
赤や青、金色のイルミネーションに導かれるように道を埋め尽くした人波をかき分け、僕はただ波に飲まれないように必死に前へと進んだ。
あの人との出会いは、10年以上前に遡る。
小学校に入学したばかりの僕の前に父さんが連れてきた家庭教師があの人...大学生の一臣さんだった。
家庭教師とはいえ、実際は僕のお守りだったように思う。
僕の小学校入学を機に職場に本格復帰した母さんの帰宅は遅く、デザイン事務所を経営している父さんは週の半分ほどでも家に帰って来られれば良い方だった。
幸い経済的にはかなり恵まれていて、食事の準備や掃除洗濯は家政婦さんを頼んでいたものの、夜には彼女は帰ってしまうから僕一人が家に残される事になる。
さすがに1年生を一人ぼっちで置いておくわけにはいかないと考えたんだろう。
家庭教師兼遊び相手兼ボディーガードとして雇われたのが、父さんの古い友人の息子だという一臣さんだった。
正直、最初のうちはまともに話すこともできなかった。
元々人見知りだというのもあるけど、何よりその身長の高さと整い過ぎた顔が少し怖かったのだ。
今なら本当に素敵だ、格好いいと素直に思えるけれど、小さかった僕には同じ人間だとは思えなかった。
作り物みたいだなんて感じてたから、ロボットか...そうじゃなきゃ漫画や本に出てくる悪魔や死神が現れたような感覚だったのかもしれない。
平日はほとんど毎日家に来てくれていて、勉強を見てくれるだけじゃなく夕食も一緒に食べていたはずなんだけど、正直僕は当時の事はほとんど覚えていない。
もったいないなぁと今は笑い話にはできても、あの頃はとにかく『怒らせてはいけない』と、ひどく緊張してたのだ。
何せ相手は悪魔か何かの触れてはいけない存在だったんだから。
そんな1年生の僕にとっては恐ろしい存在だった一臣さんが憧れの人に変わったのが、その年の今日。
その頃の僕が、一年で一番嫌いだった日。
家政婦さんは当たり前のように、いつもよりはるかに豪華な夕食を用意してくれた。
ピカピカに掃除した部屋の中には、僕が喜ぶだろうとチカチカする電飾を巻き付けた、飾りだらけの木。
そして...嬉しくもないのに、家政婦さんを傷つけはしないかと喜んだフリをしながらその木のテッペンに大きな星を付ける、可愛いげの無い嘘つきの僕。
その日に限って、一臣さんはいつもの時間に現れなかった。
待っても待っても、電話すら無かった。
確かその日は孫と過ごすんだと言ってただろうか...時計を見ながら帰るに帰れず、家政婦さんは困ってた。
だからやっぱり可愛いげの無い嘘つきの僕は言ったのだ。
『先生、少し遅れるって言ってたの忘れてた。ちゃんと鍵かけておくから、帰ってもいいよ』
家政婦さんは申し訳なさそうに、けれど嬉しそうにいそいそと帰っていった。
一人ぼっちになった僕。
急に心細くなって、大嫌いな電飾のスイッチを入れる。
その無駄に明るい木のすぐそばで、僕は膝を抱えた。
本当は一人は怖いのに。
本当は寂しくて仕方ないのに。
みんな楽しくお祝いしてるのに、なんで僕だけ一人ぼっちなんだろう?
なんだかポロポロ涙が出て止まらなくなったのだけはハッキリ覚えてる。
それからどれくらいたったのだろう。
いきなりインターフォンが鳴った。
モニターを確認したら先生だった。
でもいつもとは様子が違う。
綺麗過ぎて作り物みたいなその顔は汗だくで疲れきってて、髪の毛だってボサボサ。
何があったんだろう?
急いで玄関の鍵を開ける。
ドアが開いた瞬間、先生は止まらない汗を拭う事もせず、真っ直ぐに僕の目を見ると満面の笑みで言った。
「誕生日、おめでとうっ!」
メリークリスマスでは無いその言葉が、一気に僕を寂しくない子供にした。
怖くて仕方なかった人に思わず飛び付く。
「甘かったよぉ。来る途中でプレゼントとケーキ買おうと思ってたら、どこもかしこもクリスマス用の物ばっかりなんだもん。予約しといたら良かった。バースデーケーキ作ってくれるお店探すのに時間かかっちゃって...遅くなってごめんな。一人で待ってたのか? 寂しかったろ?」
「先生がいるから、もう寂しくない」
ホッとしたのか、それともクリスマスよりも誕生日を祝ってくれようとしたのが嬉しかったのか。
しがみついたまんま、僕はワンワン泣いた。
そんな僕を、先生はしっかり抱き締めて頭を撫でてくれた。
あの日の夜から、綺麗過ぎて怖かった存在は、僕の一番の憧れの人になった。
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