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その後就職の為、3年生の時に一臣さんは家庭教師を辞めた。
と言っても家庭教師を辞めただけで、『これからは友達だな』って相変わらず時間を見つけては家に来てくれたけど。
本当は僕が『辞めちゃ嫌だ』って泣いて頼んだから、渋々付き合ってくれてる思ってた。
有名な会社に入って、毎日忙しいのはわかってたから申し訳なくて情けなくなった事もある。
ただ後で一臣さんに聞いたら、慣れない仕事で気持ちがバラバラになりそうな時でも、会えた喜びを素直に表し、苦手な物を克服できたと笑顔で報告しながら褒められるのを待っている僕を見るのが、当時の一番の楽しみで癒しだったんだそうだ。
そのうち一臣さんは金曜日の夜にやってきて土曜日を1日うちで過ごし、日曜日に自宅に戻るという事が増えた。
勿論それが一臣さんの体調や仕事に無理が無かったからだけど、これまでより一緒にいられる時間が増えた事が純粋に嬉しかった。
一緒にお風呂に入り同じ布団で寝て、目が覚めたら一番最初にあの綺麗な顔を見る。
疲れて起きない一臣さんを飽きる事なく見つめて、またそのうち眠くなったら隣の体に擦り寄って寝る。
温かくて大人の匂いのする一臣さんに抱きつくたびに胸と...下半身が痛くなるようになったのは、それからほどなくしてだった。
一緒に風呂に入っていたのだ。
僕の体が大人に近づいている事は一臣さんも知っていた。
体毛が濃くなってきて、うっすら喉に突起が現れてきたから、大きく膨らんだ性器を見ても『大人になったらみんなそうなる』と笑いかけてくれた。
だけど、僕はもうその頃には気付いていた。
これはただの生理現象なんかじゃない。
一臣さんに触れているからこんな風になるんだと。
だからその思いを正直に伝えた。
『先生が好きです』
『先生と一緒にいると、僕の体はこんな風になります』
それを聞いた瞬間の一臣さんの顔は今でも忘れられない。
戸惑い、困惑、混乱。
一臣さんは同じ布団で寝るのを止めた。
風呂も別に入るようになった。
そしてじきに、家に泊まる事も無くなった。
当時の一臣さんには彼女がいた。
あまり長続きしたことが無いと言ってたから、その人とは就職してから付き合うようになったんだろう。
ある日一臣さんは、その彼女をうちに連れてきた。
『大切な弟だから、ちゃんと紹介しておこうと思って』なんて言ってたけど、それはたぶん嘘だ。
自分を好きだなんて思いは錯覚だと僕に気づかせようとしたんだろう。
けれど結局、僕はその人に会った事で自分の気持ちを確信してしまった。
一臣さんの隣に当たり前のように座る彼女に激しい嫉妬を覚えたから。
そしてその彼女が『少しは私も大事にしてよね』なんて甘えたように唇を尖らせた瞬間、僕の気持ちは一臣さんには迷惑なんだってわかった。
泣く代わりに笑顔を作り、『ずっと僕がわがまま言ってたんです、ごめんなさい。先生も、もう無理に付き合ってくれなくても大丈夫』って言った。
また一生懸命嘘をついた。
次の金曜日の夜、仕事終わりに一臣さんがやってきた。
『彼女とは別れた』
それだけ言うと、一臣さんは久しぶりに家に泊まっていった。
それから何があったわけじゃない。
ただ遊びにきて、一緒にご飯を食べて風呂に入り、そして同じ布団に潜る...何故か何も無かったかのようにすべてが元に戻った。
小学校、中学校を卒業してもそれは変わらなかった。
僕ももう気持ちを口にする事はなかった。
口にする必要は無いなんて感じていたのかもしれない。
何も変わらない事は寂しくもあったけど、それ以上に二人で過ごせる時間は幸せだった。
そして高校の入学式の前日だ。
日曜日にも関わらずきちんとプレスされたスーツに着替えてきた一臣さんが僕を呼び、書斎にいた父さんの前に土下座した。
『聖也くんを大切に思っています。男同士で簡単な事ではありません。それを承知の上で、聖也くんを僕にください』
いきなり何が起きたのかわからなかった。
けれど僕も急いで隣に土下座する。
父さんは少し悲しそうに、けれど『わかっていた』とでも言うように小さく頷いた。
「いつかこうなる気がしてたよ。聖也の君への気持ちは昔から特別だったからね。ただ、同性での付き合いを簡単に認めるわけにいかない親の気持ちもわかって欲しい」
「勿論です。それでもどうしても僕には聖也くんが必要です。聖也くんにも僕が必要なはずです」
「...条件がある。聖也が大人になるまで性的な接触は一切禁止だ。高校生になり新しい世界が広がった時、二人の関係が聖也にとって足枷になってはいけないだろう? 一臣くんだって、仕事がますます忙しくなる事で聖也が煩わしい存在になる可能性もある。二人にとって長いかもしれないが、それでもきちんとお互いの関係を考えるには必要な時間だと思わないかい?」
父さんの出した条件を、一臣さんは笑顔で受け入れた。
僕は泣きながら頷いた。
父さんは相変わらず困った顔のまま、僕の頭をポンポン叩いて『頑張れよ』って言ってくれた。
そして今日、僕は大人になった。
あの10何年も前の一臣さんのようにひたすら走る。
待たせてごめん。
遅くなってごめん。
ずっと子供でごめん。
そして...本当に待ってくれてありがとう。
目の前のマンションに飛び込み、階段を駆け上がる。
たかが3階までがやたら遠い。
目的のドアの前に立ち、1度2度と深呼吸。
インターフォンを鳴らして、ポケットに忍ばせていた物をそっと取り出した。
「誕生日おめでとう。遅かったから少し心配した」
ドアが開いたとたん現れた、大好きな笑顔。
僕は照れながら、手の中に隠していたリボンを首に巻いた。
「メリークリスマス。えっと...プレゼントは...僕です。お待たせしました...」
恥ずかしくて俯いた僕の体が強く引き寄せられる。
ついと顎を上げられると、初めて見る男らしくて色っぽい目に見つめられていた。
「じゃあこれは、俺からの誕生日プレゼント」
そっと唇が合わさる。
初めてのキスは熱くて...ほんのりビールの味がした。
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