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 軽音部のみんながお世話になっているという、シロサキ楽器店。  慣れた様子の達紀の後ろにひょこひょこついて入ると、所狭しと並んだ楽器に圧倒されてしまった。  ちょっと不用意に振り向いて倒しちゃったら、一体いくら弁償しなきゃいけないんだろう。  ゼロが並ぶ値札と、不安定なスタンドでずらりと並べられたギターに、怯えてしまう。  達紀は、近くにいた店員さんに声をかけた。 「こんにちは。篠原(しのはら)さんいますか?」 「おっ、いらっしゃいませ。ちょっと待っててね。おーい、篠原ぁ。小宮くん来てるよ」  奥からやってきたのは、20代前半くらいの、優しそうな男の人。 「いらっしゃいませ。相談?」 「はい。えっと、メンバー見つかったんですけど、ギター持ってないので、一式揃えたくて」 「お、良かった良かった。君かな?」 「はい。藤下です。お願いします」  雰囲気に飲まれつつ、ぺこっと頭を下げる。  なんだか親しそうだし、メンバーを探していたことも知っていたので、よく相談に乗ってもらったりしているのかなと思った。 「全然触ったことない感じ?」 「一応、小宮くんに教えてもらって、コードは何個か弾けます」 「リズムキープがうまくて、ブレないから頼もしいです」  ニコニコする達紀を見て、篠原さんもうれしそうにうなずく。  そして、俺に目を合わせて言った。 「初めてのギター選びは、本当にその人の考え方によるんだけど。『初めてだし音の違いなんて分からないから、安いものがいい』という人もいれば、『安物を買ってあとから買い換えるよりは、良いものを買って長く使いたい』という人もいるね」  助けを求めるように、チラッと達紀を見る。 「僕は、初心者セットよりは少し高いものを買ったよ。けど、そんなに高いわけじゃない。中学の入学祝いをかき集めて買えた程度の」 「えっと……持ってきたのは6万円です」 「お、けっこう潤沢な予算」  篠原さんが、ちょっとやる気を見せる。 「あ、でもアレか。帝翔学院(ていしょうがくいん)はバイト禁止だっけ?」 「そうですね。なので、6万円まるっと使っちゃうと体力続かないと思うんで、なるべく安くしてもらった方がありがたいです」  達紀がしっかり受け答えしてくれるので、俺は全てお任せにすることにした。  ふたりが見繕ったものを、肩にかけてみる。  ちょっと弾いてみる。  返す。  再びかける。弾く。  ……これを5回ほど繰り返したところで、篠原さんがポンと手を叩いた。 「やっぱりテレキャスターかな。ジャカジャカコード弾きに向いてるし、これなんか安いけど割とおすすめ」  手渡されたのは、渋い茶色のギター。  スタジオで使わせてもらったのと同じタイプで、弾きやすかった。  あとは必要最低限のものを最安値で集めてもらって、合計4万4,000円。  上出来だ。  ギターケースを背負ってみると、バンドマンの仲間入りをしたみたいで、少し恥ずかしいけどうれしかった。 「楽しんでね、音楽」 「はい、ありがとうございます」  ふたりで頭を下げて、店の外へ出る。  背中に重みを感じながら青空を見上げると、何だか真新しくて、すがすがしい気持ちになった。  キャラチェンジ、というわけではないけど、思いがけず陰キャからはじき出されてしまったのだから、このくらい思い切って別のことを始めるのはいいかも知れない。  ……と思うのに、同時に、こんな考えが頭をかすめてしまった。 ――文化祭でステージに立ったら、祐司たちはどう思うだろう。  期待に膨らんでいた気持ちが、一気にサーッと陰る。  陽キャの仲間入りをした俺を、裏切り者みたいに思うだろうか。  それとも、陽キャになりきれない俺は、子分みたいな感じに見えて恥ずかしいヤツか。  祐司はちょっとくらい後悔するだろうか。  それとも、ライブなんて見向きもしないか……。 「あお」  やわらかく呼ばれて、思考を取り戻す。 「頑張って練習しようね」  そうだ。別に、誰かを見返したり、見せつけようとしてやるわけじゃない。  達紀に教えてもらって、楽しいと思ったから始めるんだ。  それに、チャボさんたちも……。  悪い考えをやめるべく、何気ない感じで尋ねる。 「そういえば聞いてなかったけど、バンド名って何なの?」 「Matm(マトム)。由来は簡単。むつみ・アーサー・たつき・もとや。頭文字を並べて。あ、あおをどこに入れるか、話し合わなきゃ」  ニコッと笑う達紀。  ごくごく自然に受け入れようとしてくれる彼の笑顔を見たら、急に何かがぐっとこみ上げてきてしまった。 「あの……、ありがと」 「えっ? ちょっと、どうした? 泣いてる?」 「ん、なんか……なんか」  申し訳なさとか、ありがたさとか、色々な気持ちがないまぜになって、泣きそうになる。 「あおは、僕の隣にしよう? aを続けてマートムか、tの後ろに入れてマタムか。ね?」  迷子の子供をあやすみたいな感じで、うつむいた俺の顔を覗き込む。  こくっとうなずいたら、ついに、涙の粒が落ちた。  達紀は、俺を抱きしめようとした。  けれどすぐに手を引っ込めて、空に向かって小さく「あー」とうめいた。 「ふたりきりになれるところに行かない? カラオケとか。ゆっくり話したい」

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