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 翌日の放課後。  俺と達紀は、記入した入部届を持って、職員室を訪れた。  先生はペーパー顧問で、特段何か指導してくれるわけではないらしい。  事務的に受け取ってもらい、正式に入部になった。 「ギター買いに行かないとだね」 「何が良いかとか全然分かんない。お金もそんなにないし」 「最初は安い初心者セットで大丈夫。土曜日、買いに行かない?」  達紀は、少し目線を外して言った。 「デートで」  その響きにドキッとしてしまって、本当に自分は免疫がないなと思った。  けど、多分達紀も、同じようなことを思っている。  俺よりも、言った本人の方が、さらに恥ずかしそうだ。 「きのうね。親に、軽音部に入ろうと思うって話したら、夕飯がお赤飯だった」 「なんで? おめでたいから?」 「そう。碧が自発的に何かしようとするなんて信じられないとか言って。なんかもっと、不良だとか止められるかと思ってたのに、意外だった」  いままでは、自分が男が好きなのは周りと違うと思っていたから、自信もなくて、目立たないように生きていた。  積極的に何かやりたいとかも思えなかったし、とにかく祐司さえいれば良いと思っていたから、その平和を乱さないことだけを考えていたと思う。 「良かったね。活動ものびのびできるかな」 「うん。頑張って追いつけるように練習するから」  大事なものをひとつ失くしてみたら、違うことを始める余裕ができた。  素直にそう捉えばいいのに、なぜか、失ったものが何だったのかも、同時に噛み締めていたりして。  自分がよく分からない。  もう祐司のことはどうでもよくて、確かに達紀に心惹かれてるはずなのに……どうして俺の思考は、そうやって過去へ引きずり込もうとするのだろう。  そして、約束の土曜日。  駅前の柱にもたれかかっていると、遠くに達紀の姿が見えた。  それなりに距離はあるのに、パッと目を惹く。  周りの女の子たちも振り返って見ているし、華がある人っていうのはこういうことをいうのだろう。  俺に気づいたらしい達紀は、駆け足でこちらにやってきた。 「おはよう。ごめんね、待たせちゃった」 「いや、待ってないよ。約束より5分早い」  俺が楽しみにしすぎて、20分以上前に着いてしまっただけだ。  達紀はすうっと目を細めてうれしそうに笑ったあと、俺の手を引いて、雑居ビルの間の路地に入った。 「ん……? なに?」 「あお、キスしたい」  直球で言われて、心臓が跳ねる。 「誰かに見られない?」 「でもしたい。なんか多分、デートって響きに当てられちゃったんだと思う。キスしたいばっかり考えながら電車乗ってた」  達紀が俺を壁際に追い詰めて、俺の側頭部の髪に両手を差し込んだ。  どうしようもなくドキドキして、自分の服の裾を握りしめる。  音を立てることもなく、静かに、くちびるが当たった。  ふに、ふにっと何度か押しつけられて、でもそれだけで気持ちいい。  達紀は、かすれた小さな声で言った。 「……前田くんだったら良かったのにって思った?」 「思ってないよ」  別に、良かったのに、とは思っていない。  けど、祐司とキスしてたらこんな感じだったのかな、とは思ってしまった。  なんでもかんでも祐司に結びつけてしまうのは、もはや、習慣や思考癖のようなものだ。  すぐ忘れるには、3年の片思いは長すぎたのだと思う。  考えを振り払うように、達紀の背中に手を回して、そろっとくちづけた。  キスは気持ちいい。  達紀は優しくて好きだ。  祐司への好意はもうない。  そう思うのに、どうにもこうにも嫌な考えが頭から離れなくて、何度も何度もキスをした。  自分はこんな不純な気持ちなのに、達紀は一途な目線でうれしそうにしていて、とてつもない罪悪感に襲われる。 「ん……、ふぅ。たつき……」 「息できなくしちゃいたい。これって、あおのこと好きって思ってる証明になる?」 「分かんない」 「……分かんないのにキスしちゃってごめん。でも、止まんない」  俺も達紀も、多分、子供なんだと思う。  気持ちがどうとか、そういうのをちゃんと考えたいのに、衝動がそれを飛び越しちゃう。  そのくせ、キスに対して、過剰に意味を求めている。  大人だったらもっと、キスは気軽なものだろうし、でも、お互いの気持ちとかは、ちゃんと大切なものなのだろう。 「ねえ。可愛い、あお」 「言ってくれてうれしい」  俺は達紀みたいに、直球な質問はできない。  喉のギリギリのところで、質問が突っかかっている。 ――もし、達紀のそばに現れた初めての同胞(ゲイ)が俺じゃなかったら、それでも達紀は、俺のこと好きになってたの?

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