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3人の準備が終わって、それぞれ音を出し始めたら、迫力にびっくりしてしまった。
音というより、圧。
借りて何度も弾いたはずの達紀のギターは、機材に繋いでいないときとは大違いだった。
俺が借りたギターもアンプに繋いでもらっているけど、恥ずかしくて、何も弾けない。
というか、みんな練習するんだろうけど、何も弾けない俺は何をしていたらいいんだろう。
見越したかのように、達紀が話しかけてきた。
「きょうは曲を作ろうと思っていてね。あおにも手伝って欲しいな」
「え。俺、なんにもできないよ」
「お願いするコードを、ゆっくり、止めずに、ひたすら繰り返してて欲しいんだ」
達紀曰く、俺が弾き続けるのに合わせて、みんながそれぞれ即興でメロディやリズムをつけながら、話し合うらしい。
チャボさんが、笑顔でバンバンと俺の肩を叩いた。
「いやー! マジで超助かるな、サイドギター」
「うまくできるか分かんないですけど……」
もじもじしていたら、ドアが開いた。
多分、基也さん。
長めの黒髪を後ろでだんごにしていて、病的に肌が白く、目は死んでいる――お腹が痛いからなのか、そういう顔つきなのか。
「おー、うんこ平気?」
「薬飲んだ」
ボソッとつぶやき、横目で俺を見た。
「ああ、藤下くん? ベースの柳瀬 です」
「はじめまして」
「いや、はじめましてじゃないよ。中3のとき塾一緒だった」
「え!? あっ、全然覚えてなくて……すいません」
「藤下くん、熱心だったもんね。オレ、教室の端でダラダラしてたし」
熱心だったわけじゃない。
祐司と一緒で、祐司しか目に入っていなかっただけだ。
思いがけないところで思い出してしまって、苦い気持ちが広がる。
ホワイトボードに、達紀がコードを4つ書いた。
「あお、これ弾けるっけ?」
「一応……たぶん。自信ないけど」
「すごくゆっくりで大丈夫。キラキラ星の2倍くらい遅く、ゆっくり」
頭の中で、き~ら~き~ら~……と、間延びしたメロディが流れる。
基也さんが準備をする間、達紀に教えてもらって、効率のいい指運びを覚えた。
「んじゃー、やりますか」
チャボさんから合図をもらって、ゆっくりとコードを弾きはじめた。
4人は、適当に入って数フレーズ弾いては、あーでもないこーでもないと話し合い、また弾いて、意見を出し合い。
チャボさんは、機嫌よさげに即興らしきメロディを口ずさんでいるんだけど……その鼻歌だけで、めちゃくちゃ歌がうまいことが分かった。
みんなすごい。
楽器の良し悪しとかは全然分からないけど、うまいということはよく分かる。
こんな中でついていけるのかと不安になりながら、バカのひとつ覚えみたいに4つのコードを弾き続けた。
「一旦きゅうけーい!」
チャボさんの一声で、みんな楽器を置いた。
……と思ったら、次の瞬間には、基也さんはスマホを取り出していた。
ゲーマーという話は本当なのだろう。
達紀が、基也さんに尋ねた。
「それ、なんていうゲームだっけ?」
「ブレイブトリガー」
「あお知ってる?」
「うん。俺もやってるよ」
基也さんが、ぱっと顔を上げた。
「やってるんだ」
「はい。無課金なんでしょぼいですけど」
「見せて」
基也さんの横に行き、アプリ画面を見せる。
「やりこんでるね」
「暇だとつい起動しちゃうので」
「分かる分かる」
お互い画面を見ながら話しているうちに、少し打ち解けてきた。
そして基也さんが、アーサーさんに尋ねる。
「藤下くんは正式加入なの?」
「いや、本人の口からは何も聞いていないな。どうだ、藤下。入る気はあるか?」
「え……っと、ついてけるか分かんなくて……」
もじもじしていると、達紀がにこっと笑って首をかしげた。
「練習ならいくらでも付き合うし、あおがよければ、是非入って欲しいなって僕は思ってる」
「おれもー。あおちゃんが入ってくんないと、おれがギター弾きながら歌わなくちゃいけなくなるから。めんどくせー」
必要とされている……ような感じがする。
自信はないけど、入ってみようか。
考えていると、アーサーさんがぽろっと言った。
「釣るようで悪いが、全力で釣る。藤下、お前、妙な噂で孤立しているだろう?」
「あ、はい……」
「うちのバンドは、全員クラスが違う。だから、クラス合同の行事のときは、どこと当たっても必ず誰かがいる。入ってくれれば確実にボッチにならないと約束しよう。どうだ」
正直、魅力的過ぎた。
でもひとつ、確認しなければならない。
「あの……でも、その、妙な噂ってやつ。本当なんです、一応。多少脚色されたりとかはしてるみたいですけど、事実はあったんで。だから、キモいとか、バンドの評判を傷つけるとか、迷惑かけるかも知れなくて」
たどたどしく伝えると、チャボさんが、頭の上に50個くらいはてなマークを浮かべて聞いてきた。
「ホモだとギター弾けないの?」
「え……?」
「あおちゃんはまじめっぽいし、ちゃんと練習してくれそうだから、ホモとか別に関係ねえし。なあ?」
「全く同感だ。というか、俺の尊敬するドラマーのリリー・ハンソンは、ガチガチのゲイだ」
最後に、スマホから目を上げた基也さんが、ボソッと言った。
「藤下くんは中性キャラでウケるよ。ちっちゃくて童顔で、ジェンダーレス男子路線で売れば大丈夫」
「え、女装趣味とか特にないんですけど……」
「短パン」
基也さんはそう言い捨てて、またゲームの世界に戻っていった。
そして達紀が、期待を込めた目でこちらを覗き込む。
「加入でいい?」
「……うん。よろしくお願いします」
なんにも自信はないけど、とりあえず達紀と一緒にいられる口実はできたし、それがうれしいと自覚できたのも、大きな一歩な気がする。
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