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2章 ほんね

 翌日、放課後。  俺は最高潮にドキドキしながら、3組の前に立っていた。  達紀と一緒に、残りの3人を待っている。 「おーい!」  廊下の向こうから、金髪の人が手を振っていた。  達紀がにっこり微笑む。 「あれがボーカルだよ。目立つでしょ」 「うん……なんか、すごい服だね」  ブレザーの中に着ているTシャツには、でかでかと『ドラッグ反対』と書いてある。 「おー、君ね。達紀激推しサイドギター候補生は」 「あ……4組の藤下碧です」 「藤下? あ、ホモの?」 「……!?」  危うく変な声を出しそうになる。  しかしボーカルの人は、ニコニコ顔のまま右手を差し出してきた。 「おれ、1組の鮎川(あゆかわ)(むつみ)。チャボって呼ばれてるからそう呼んで」 「……チャボ?」 「頭が鶏っぽいだろ」  よろしくな、と言って、さらにずいっと手を差し出される。  俺がおずおずとその手を握ると、ぶんぶんと強めの握手をされた。  と、その後ろから、かなり大柄の人がやってきた。  色白で彫りが深くて、目の色がグレー。純日本人ではなさそうに見える。 「お疲れ。おお、いきなりチャボに絡まれてるのか。かわいそうに」 「違う! 親睦深めてんの!」  達紀が、笑顔のままやんわりと握手の手を切る。  大柄の人が、ひょいっと眉を上げてこちらを見下ろした。 「ドラムの松村(まつむら)アーサーだ。本名だぞ。中二病なわけじゃない」 「だはは、自分から予防線張ってんのウケる」  チャボさんが茶化すのを、アーサーさんがヘッドロックをかけて止めようとしている。  陽キャのノリについていけずクラクラしていると、達紀が苦笑いで言った。 「子供っぽいでしょ。あおが来てくれてはしゃいでるだけだから。いつもはもうちょっとテンション低い」 「なんだよー、達紀はもう名前で呼んでんの? じゃあおれも、あおちゃんって呼ぼっと」 「あ……、なんて呼んでもらっても大丈夫です……」  消え入るような声で言って、軽く頭を下げる。  すると、アーサーさんがスマホを見ながら言った。 「基也(もとや)が、先行っててくれって」 「まだお腹の調子悪いのかな?」  おそらくベースの人だろう。  達紀が心配そうに聞くと、アーサーさんは、肩をすくめて笑った。 「無理に引きずって行って、スタジオのトイレを占領しても申し訳ないしな。先行くぞ」 「基也来たら、うんこの具合聞こーっと」  達紀の言う通り、本当に、性格がバラバラだ。  ひたすら明るいチャボさんに、どっしり構えたアーサーさん。王子さまみたいな達紀。  目立つ3人が廊下を歩くと、それだけで女子達がちょっとそわそわしている感じがする。  本当に場違いな気がしておどおどしていると、達紀がこっそり耳打ちしてきた。 「変人と大きいのが前を歩いてくれると、後ろでふたり並んでても変じゃないでしょ?」 「あ……うん。まあ、そうかも」  でもそれって、いままでは達紀の横にはベースの人がいた……ということなのではないだろうか。  申し訳なく思っていると、達紀は小さく笑った。 「基也は常に気怠げで、遥か後ろをダラダラついてくるタイプ。だから、僕の横はいつも空いてるよ」  見透かされたみたいで、とんでもなく恥ずかしい。  スタジオ・ミストは、駅の裏手にあった。  大きなバイクが停まっていたり、タバコの自販機が置いてあったり――自分ひとりだったら絶対に近づかない場所だ。 「こんちはー」  チャボさんが先陣を切って入っていくと、受付にいた派手な男の人が顔を上げた。  首まで入れ墨……だけど、人好きのする笑顔で「こんにちは」とあいさつを返してくれた。  壁中に、ライブのお知らせみたいなチラシが貼ってある。  5つの部屋からは楽器の音が漏れ聞こえていて、いよいよ場違いな気がしてきた。  不安になって達紀を見ると、周りにバレないように、そっと背中に手を当ててくれた。 「あのー、ギター1本借りていいっすか?」 「うん。あの子?」 「そうそう、うちの新メンバー候補なんすよ」 「可愛い感じの子だね。後輩?」 「いや、同学年っす」  受付の人が立ち上がり、受付の裏手に回る。  達紀が手招きするのでついていくと、倉庫のようなところに着いた。 「楽器経験は?」 「あ、いや……ちょっと貸してもらって弾いたことあるくらい……です」 「じゃあ、音質より扱いやすさ重視にしようか」  渡されたのは、少し小ぶりのタイプ。  肩ひもの長さを調節してもらって、そのまま抱えてスタジオへ。 「ふふ。あお、よく似合ってる」 「緊張する……」  慣れた感じの3人にひょこひょこついていき、部屋の中に入る。  3人が準備をする間、俺は部屋の隅っこのいすに座って、その様子を眺めていた。  借りてきた猫みたいに、じーっと。  居心地が悪い。  でも、バンドマン=不良かチャラチャラした人みたいなイメージだったから、そうではないことに関しては、ほっとしている。  なんだか歓迎されているようだし、あとは、俺が初心者すぎて失望されないかどうか……といったところだ。

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