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 翌週、月曜日。  少し気恥ずかしく思いながら、ギターケースを背負って登校した。  クラスでは完全に浮いてしまっているので、俺がその姿で登校しても、何人かが『おやっ?』という表情で見る程度だった。  ……もう忘れるって決めたのに、祐司の姿を探してしまう。  祐司も、他の人と似たような反応をするのか。  そんなことを知ったところでなんにもならないのに、つい、確かめたくなってしまう。  楽器は、練習がある日の朝に、部室に置きに行くことになっている。  スクールバッグを机に置いて、ギターケースだけ背負って、3組の前へ。  みんなを待つ達紀のもとへ駆け寄った。 「おはよう。ふふ、よく似合ってる」 「本当? ギターに背負われてる感じしない?」 「ちょっとだけ」  少しかがんで、耳打ちする。 「そういうところも可愛い」  照れてしまって、思わず頬を両手で挟む。  すると、続々と3人が集まって、てんでバラバラの5人ができあがった。  新生・マートムである。 「おはよう! あおちゃん!」 「おはよう! チャボ!」  復唱したのは、さん付けと敬語を禁じられたためだ。  LINEで『朝イチで点呼する』と言われていたけど、本当に実行するとは思わなかった。  変な人だ。  チャボさん改めチャボが、達紀の手から鍵を奪い取り、人差し指に引っかけてぐるぐると回しながら前を進み出した。  その後ろでは、アーサーが低血圧丸出しの基也を引きずっていて、平和だ。  ……と、階段のところで、祐司たち3人と鉢合わせた。  ふたりは、『えっ?』という顔で、バンドの面々と、俺の背中からはみ出るギターケースを見ている。  しかし祐司は、まっすぐ前を見つめたまま、チラリともこちらを見なかった。  その瞬間俺は、『ああ、もう大丈夫だ』と思った。  祐司の人生から、俺はもう、消えている。  思い出ごとまるっと、存在自体が消えたらしい。  そう思ったら、いままでの葛藤とか、そういうものから解放されてもいい気がしたのだ。  俺は、清々しいような悟りの境地で、バンドの輪に目線を移した。 「あ。達紀、えりめくれてる」  重いものを背負っているせいで、変にめくれたブレザーのえり。  達紀は振り向いて、えり元に手を当てながら、はにかんだような笑顔を向けた。 「あれっ。いつからめくれてたんだろ、あはは」  祐司と真横にすれ違う瞬間、達紀は俺の腕をぐいっと引っ張った。 「うまくできないや。あお、直してくれる?」  いつものさわやかな表情だったけど、なんだか、独占欲丸出しにも見えて――うれしかった。  放課後になり、部室から視聴覚室へ、荷物を運びこむ。  主にアーサーのドラムセットで、これは視聴覚室の裏には置いておけないから、毎度台車に乗っけてガラガラと運んでいるらしい。 「基也、働け」 「働いてる」 「小さいあおにデカいフロアタムを運ばせるな」 「だはは、アーサーパイセン過保護でウケるー」  横から茶化してきたチャボに、アーサーがゲンコツをかます。  基也は迷惑そう。  横にいた達紀は、笑いながら肩をすくめた。 「アーサーはあおのこと、子猫か何かみたいに思ってるみたいだね。溺愛の予感がする」 「……なんでだろ。俺なんて、見た目モロ陰キャなのに。みんなと違って、髪とか別におしゃれじゃないし」 「そこが可愛いんじゃないの?」  達紀は俺の頭をなで……ようとしてやめた。 「チャボは良い意味でバカだから、キャラがどうとかなんにも考えてないし、基也はあおと話が合うでしょ?」 「うん。やってるゲーム同じだから」 「それで僕は、同じパートなのをいいことに、隙であらばあおを独り占めしようとする、と。きょうもいっぱい練習しようね」  恥ずかしくて、何も言えずにこくっとうなずく。  すると、チャボが隣に並んだ。 「なーなー、あおちゃん。このピアス可愛いだろ? この間手芸部で作ったんだ」 「へえ、すごい。キラキラしてて。こんなの自分で作れるんだね」 「レジンって言ってさ。樹脂固めて作んの」  水色の雫が、片耳に揺れる。 「あしたは料理部でクッキー作るから、多めに作ってあおちゃんにもあげる」 「ありがとう。楽しみにしてる」  みんなそれぞれに、不思議な人達だと思う。  こんな冴えない俺を普通に歓迎してくれて、ありがたい。  視聴覚室に着くと、アンプを引っ張り出してきて、それぞれ試し弾きや練習を始めた。  やっぱりみんな、上手だ。  相変わらず死んだ目の基也は、虚空を眺めながら、右手を叩きつけるように素早く弾いていた。  見とれていると、達紀が俺の横に座って、にっこり笑った。 「基也のあれ、すごいでしょ。スラップ奏法って言って、弦を叩いて音を出すの。難しいんだよ」 「みんなすごい。俺、ついていけるかな」 「アーサーのドラムをよく聴いていれば大丈夫」  達紀は、ウォーミングアップみたいな感じでドラムを叩くアーサーの方を見た。 「もし、絶対音感みたいな感じで『絶対リズム感』という言葉があったら、アーサーはそれ。メトロノームみたいに正確で、基也はアーサーに全部任せているから、激しくスラップで弾いてもブレない。あおもそうしてね。僕が違うメロディを弾いていても、アーサーに合わせていれば絶対につられない」  どっしりと構えるアーサーには、そういう信頼感のようなものがある。  地道に頑張ろう。  みんなが上手だからって、尻込みしている場合じゃない。  達紀に教わったり、チャボに軽く歌ってもらって合わせたりしながら、少しずつギターに慣れていった。

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