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 家に帰り、ベッドの上にごろんと寝転がった。  帰り道、人の目が怖くてすり減らし続けていた精神を、ようやく落ち着ける。 ――明日、うちに来て。  別れ際、達紀はそう言った。  多分、最後まですることになるんだろう。  正直なところ、今日の出来事はもうトラウマでしかないから、一刻も早く、何かの記憶で上書きしたかった。  達紀と抱き合ったら、きっと幸せだろうと思う。  ただ、ひとつ懸念なのは、本当にちゃんとできるかということだ。  いつもなら、部屋でひとりの時に達紀の裸なんて想像してしたら、それだけで勃ってしまっていた。  けど、今日はそれがない。  別のことを考えていても、息苦しかったこととか、乗っかられて拘束されたときの光景とか、体に力が入らなくなったときの絶望感とか……。  達紀とするところを想像しようとしても、怖さが勝ってしまう。  そして、達紀をがっかりさせるんじゃないかとか。  それか、すごく気を遣わせてしまうかも知れない。  幸い、首の痕はうっすら赤い程度で済み、家族に追及されることはなかった。  とりあえず、忘れよう。  完全には忘れられないかも知れないけど、達紀の気持ちは、きちんと受け取ろう。  無理やりそう思うことにして、なんとか悪い思考のループを断ち切った。  そして翌日。  普通に落ち込んだまま、小宮家のインターホンを押した。 「いらっしゃい」  笑顔で玄関ドアを開けた達紀は、俺の顔を見た瞬間、すぐに表情を曇らせた。  何もしゃべらず、お通夜みたいな雰囲気で達紀の部屋に入り、そのまますとんと座る。  達紀は俺の正面にしゃがんで、眉根を寄せて微笑んだ。 「今日はやめよっか」 「え?」 「僕が勝手すぎた。誰かに取られたくないからするって、全然あおのためになってないね」  頭をぽんぽんとして、部屋を出ていった。  置いていかれてぽかんとしていると、達紀は笑顔で、麦茶とアイスキャンディを持って戻ってきた。 「ジンジャエール味。おいしいのか分かんなすぎて買ってみたやつだから、おいしくなかったらごめんね。はい」 「ありがとう」  おずおずと受け取り、ぱくっとかじる。  達紀も同じようにひとくちかじると、おかしそうに笑った。 「うん、やっぱりまずいや。あはは」 「……味薄いのに甘ったるい」  達紀はさっさと食べきると、俺の後ろに回り、バックハグで抱きしめてくれた。 「しないけど、こうしててもいい?」 「うん。くっついてると安心する」  がじ、がじ、と、おいしくないアイスを食べ進める。  達紀は、何も言わずに首の辺りに口をつけていて――好きでそうしているのか、きのうのことを思ってそうしているのかは、分からないけれど。 「あお、その……大丈夫?」 「ん。なんか、普通に凹んでる」 「だよね」  アイスを食べきり麦茶を飲むと、体をずらして達紀の顔を見た。  ちょっとだけ口をとがらせて、キスをせがむ。  達紀は、ぎゅーっと抱きしめたあと、ちゅ、と、軽く口づけてくれた。 「ほっとする。もっとして欲しい」 「うん。おいで」  何度も何度もキスするうち、のどの奥からぐっとこみ上げてきて……堰を切ったように、わーっと泣き出してしまった。  思えば、あの場で取り乱して泣いたって不思議ではない状況だったのに、全然泣けなかった。  夜寝る前も、泣いたらきっとすっきりするだろうと思っていたのに、1滴も出なかった。  悲しかったのかもよく分からない。 「たつき、こわかった……、やだった」 「うん。うん。怖かったよね」 「こわかった」  子供みたいにおんなじことを繰り返して、わんわん泣くだけ。  達紀は、背中をさすって、頭をなでて、寄り添ってくれる。  俺は、優しさで更に泣く。 「達紀、怖い。助けて。もう忘れたい」 「大丈夫。いるから」  ぎゅーっと目をつぶって、達紀の体温を感じる。  呼吸と、鼓動と。  人間の脈の速さはBPM70くらいだと、前に達紀が教えてくれた。  ふと目を開けると、達紀の右足のすねに大きなあざができていることに気づいた。 「あ……、脚」  結構な広範囲に、内出血。  パッと顔を見ると、達紀は、ちょっと困ったような顔で笑った。 「手加減なしで色んな物蹴り飛ばしちゃったから。こういうとき、人の本性が出るのかな。あはは」 「ほんと……迷惑かけてごめんね」  ぽつっとつぶやいて、体重を預ける。  達紀は黙って首を横に振り、そのまま抱きしめてくれた。  ……と、頭の中で、何かのスイッチがぷちっと入った気がした。 「たつき」 「え?」  首に手を回して、しがみつくみたいにキスをする。 「ん……、んっ」 「……ちょっ、あお?」  戸惑う達紀に、迫るみたいにしてキスを繰り返す。  口を開いた拍子に、舌をねじこんだ。  驚く達紀は、しかし、俺のことを受け入れてくれた。  ちゅるっと舌を吸ったり、先っぽをつついたりして、応えてくれる。 「達紀、したい」 「……いいの? 怖くない?」 「最後まではできるか分かんないけど……でも、いっぱい触って欲しい。それで、好きって言って欲しくて」  達紀は少し考えたあと、真面目な顔で言った。 「怖くなったり、やめたくなったらすぐ言って? でも、優しくする。約束する」

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