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 翌日、月曜日。  バンドTシャツが届いたとの連絡を受け、放課後、部室に向かった。  そして絶望した。  基也が発注した『オーバーサイズのダボダボTシャツ』を着た結果、鎖骨の下についたキスマークが丸見えになったのである。  部長がキャイキャイと騒ぐ。 「えっ、えっ? キスマーク?」 「え!? いや、き、キスとかしたことないですし、普通にぶつけたか虫だと思います!」  慌てて否定する。  チラリと達紀を見ると、無表情だけど、全力でこちらに謝っているのが分かった。  宣伝動画撮影は、もはやよく覚えていないけど、基也の予言通り、画面の端でもじもじしていることになった。  達紀は完璧な笑顔で、カメラの横にあるカンペを読み上げて、「ぜひ遊びに来てください」と言って締めた。  用が済み、部室を出ると、アーサーがじぃっとキスマークを見てきた。 「あお、男ができたのか。いやまあ、最近妙に色気がある気はしていたが」 「え? なにそれ? ない、ない。虫」  慌てて否定するも、全く信じてくれない。  基也は冷静に「まあ、文化祭まで2週間あるし、消えるでしょ」と言って、ダラダラとペットボトルのお茶を飲みながら昇降口へ進む。  チャボは相変わらず家庭科部の修羅場でソッコー退散。  基也がライブ前にベースのネックの調整をしたいとのことで、アーサーと共にシロサキ楽器へ行くという。  また自然と、達紀とふたりきりになった。  駅で別れ別れになったところで、達紀ががばっと頭を下げた。 「ほんっっっとごめん!」 「大丈夫だよ。アーサーもいつもみたいに『笹田か!?』とか言ってなかったし、これ以上追求されることもないと思うから」  しかし達紀は表情を曇らせていて、腑に落ちていないようだった。  改札に入り、上りと下りで、俺たちは別れる。  じゃあね、と手を振ろうとしたら、達紀に腕を掴まれた。 「あお、お願いがある。バンドメンバーには、僕たちのことをちゃんと言いたいんだ」 「え……?」 「こんな、微妙に嘘ついた状態でライブやって、上手くいくと思えないから」  達紀の目は真剣だったけれど、俺は動揺してしまった。  そもそも達紀は、ゲイであることを誰にも言わないで生きてきたはずだ。  いいのだろうか? 「気まずくならない? もちろん、みんな俺のこと受け入れてくれてるし、そういうのに偏見ないっていうのは分かってるけど……でも、いざ本当に付き合ってるってなったら、しかもバンド内でって。トラブルになったら取り返しがつかないよ」  俺は、通行人にバレないように、ちょこっと達紀の服の裾を握った。  達紀は眉根を寄せて微笑む。 「大丈夫。みんな懐深いから。信じよう? 僕は、仲間に後ろめたいことを隠し持ったままライブをするのが嫌だ」  思えば、達紀が自分の気持ち、それも、俺に合わせない意見をまっすぐ伝えてきてくれたのは、初めてだった。  俺はこくりとうなずく。 「分かった。あした、みんなに聞いてもらおう」  翌日、俺たちはスタジオでの練習前に、マックで腹ごしらえをしていた。  いつ言おうかと緊張していると、達紀が、さらっとした感じで切り出した。 「あのね、ちょっとみんなに聞いて欲しいことがあって」  みんなの視線が達紀に集まる。  俺は、緊張のあまり、ちょっと泣きそうだ。 「実は、ずっと隠してたことがあって。でも、今言わなくちゃって思うから、聞いて欲しい」 「なにー? 難しい話?」 「ううん、すごくシンプルなこと」  達紀は穏やかに微笑んで言った。 「あおのキスマークをつけた犯人は僕。付き合ってる。5月くらいから」  反応が怖すぎて、ズボンの裾を握ってぎゅっと目をつぶり、うつむいてしまう。  しかしみんなの反応は、俺の想像とは全然違った。  基也が呆れたように言う。 「やっと言った。絶対そうだと思ってた。だって達紀の様子がおかしいもん、あおのことになると必死すぎ」 「はああああああッ! 良かった達紀で! 笹田のような変態野郎に利用されていたらどうしようかと思っていた」 「え? えっ?」  俺が戸惑っている間にも、達紀は苦笑いしている。 「……やっぱりバレバレだった?」 「そりゃそうでしょ、四六時中顔を合わせてるんだから。達紀が意味もなく挙動不審になるの、ある意味傑作だったけどね」 「俺はあおがどんどん色香を漂わせていくから、心配で心配で仕方がなかった」  ポカンとする俺の横で、チャボがジュースをすすりながらつぶやく。 「アーサーと基也も早く付き合えばー?」 「は!? ふざけるな! こいつの好みは銀髪ロリ巨乳だぞ」 「そういうアーサーだって、理想の女の子は『白いワンピースに黒髪が似合う柔肌の子』だからね。くだらな」 「うるさい、大和撫子を夢見るのは日本男児の浪漫(ロマン)だろうが」  やいのやいの言い合うふたりと、ニヤニヤするチャボを見たら、おかしくなってきてしまった。 「みんな、ごめんね。隠してて」 「隠せてないし問題ないよ。怒るなら必死すぎる彼氏の方を怒ればいいと思うし」  基也が薄目でチラッと達紀を見ると、達紀は頭をカリカリと掻きながら、俺を見て笑った。 「僕たちが付き合ってても、いいかな」  懐の深い3人だから、いいと言うに決まっている。  けど、人の義理として、確認はしないと。  そして案の定、ヘラヘラっとした感じで、チャボが答えた。 「お幸せに〜。いやあ、本番はギターが息ぴったりで、良い演奏になりそうだな」  達紀の言うとおり、隠し事無しで文化祭のステージに上がれるのは、良かった。  このメンバーで良かったと、心の底から思う。

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