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 これは、賢者タイムというものなのだろうか。  セックスを終えた達紀は、何度も何度も平謝りしてきた。 「ほんとごめんね、いっぱいキスマークつけちゃったうえに、あんな無理やり……」 「全然いいってば。なんか、こんなこと言ったら変なのかも知れないけどね。俺は、言葉で好きとか言ってくれるのもうれしいけど、こういう風に情熱的にしてくれるのも幸せ感じるよ」  正直に伝えてみると、達紀はちょっと唇を引き締めたあと、恥ずかしそうにこくっとうなずいた。 「ていうか、達紀になら何されてもいいとか思っちゃう」 「そっか。なら良かった。……いや、よくないか。でも、うーん、うれしいけど、甘えちゃダメなような」  悩む王子さま。笑ってしまう。  普段あんなに女の子にモテモテで、それでもみんなに優しくさらっと流していくのに。  なんでこんなかっこいい人が、俺なんかにこんなに必死になってくれるんだろう?  いまだに不思議だけど、とにかく達紀のそばは居心地が良くて、ずっとこうしていたいなと思ってしまう。  達紀は唐突にむぎゅっと抱きついてきた。 「あおを離したくない」 「離れないよ。それに何度も言うけど、達紀以外誰も俺に興味なんて持たないし。俺は、達紀さえいればいい」 「……ささだ」  低くつぶやいた達紀に、ぶっと噴き出してしまった。  もちろん、達紀をバカにしたわけじゃない。  笹田くんの話題が出るときのアーサーの反応が、毎度面白すぎるからだ。 「結局あれは、俺のことが好きとかじゃなくて、『男とやりたかっただけの性欲クリーチャー』ってアーサーが結論出したでしょ」  達紀は俺の側頭部の髪をすきながら、深く口づけてきた。 「ん……ふぅ」 「これ以上変なクリーチャーが現れませんように」 「王子さまが絶対助けてくれるって信じてるから、俺は心配してないよ」  ふと、壁に掛かったカレンダーを見た。  丸印がついているのは、スタジオに入る日。  文化祭までの練習は、あと3回しかない。  俺はもぞっと布団をかぶり、ぬくもりを求めるみたいに、達紀に体をくっつけた。 「本番、ちゃんと弾けるかな。緊張しちゃって全然弾けなかったらどうしよう」 「心配?」 「うん。人前で目立つことするのなんて初めてだし、しかも、みんな達紀たちの演奏を楽しみにわざわざ来てくれるわけでしょ? 別に居ても居なくてもいい俺がいるせいで、かえって演奏おかしくなっちゃったらどうしようって思うと、怖い」  不安のままに包み隠さず告白すると、達紀は優しく微笑んで、俺の頭をなでてくれた。 「怖いよね、失敗したらどうしようって」 「うん。なんか……みんなは俺のこと必要って言ってくれるけど、お客さんには別に求められてないって、分かってるし」 「それはね、みんなそれぞれ思ってるよ」  意外すぎる答えに驚いて、ぱっと顔を上げる。 「ボーカルは『歌うだけなら誰でもできるし』っていう葛藤をいつも抱えてる。ベースは『どうせお客さんには聞き取れてないだろう』なんて思いながら居る意味を考えていて、ドラムは『細かいことをしたって誰も気づかない』と思いながら、手抜きしそうになる自分を律してる」 「リードギターは?」 「サイドギターがいれば曲は成立する。わざわざ主旋律とは違うメロディを弾いて不協和音になったら最悪だな。って思ってるよ」  気づかなかった。  みんなそれぞれに、悩みがあるなんて。 「もし譜面が飛んじゃったら、弾かなくていいよ。みんな飛んだとき対策は持ってて、基也はルート音を弾いてるやり過ごすし、アーサーは忘れたら、思い出すまですごい簡単なフレーズを叩き続けて繰り返しながら思い出す。僕はパワーコードを弾く。チャボはお客さんに歌わせる。あおは、忘れたら、弾くこと自体やめちゃえばいいよ」 「なるべくそういうことがないように頑張ります」 「自分たちも、来てくれた人も、みんな含めて楽しくできたらいいね」  もうすぐ本番。  みんなについていけば大丈夫だと、言い聞かせる。  達紀はにっこり微笑んで尋ねた。 「あおは、音楽好き?」 「うん。最初は分かんなかったけど、好きになった。楽しいよ、ギター」 「そう、よかった」  ふんわりと抱きしめられながら、理解した。  要は、楽しめばいいのだ。  もちろん、誰かに届けたいとか見ている人を盛り上げたいみたいな気持ちも大事だけど……俺にとって一番重要なことは、達紀が教えてくれたギターを、楽しく弾くことだ。 「緊張するのも楽しいかも。達紀と一緒だと」 「僕も、あおとは何でもやりたいよ」

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