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第一章 第11話

「貴方って素敵ね。ハンサムで賢そうな顔をしているのに、どこか甘い顔立ちなのよね。それに、肌がとっても綺麗」  アキさんが感心したように言う。  そして、カクテルの下に引いてあったコースターに何やら書き付け始めた。  その時、他の客から浴びせられる賞賛に似た視線ではない、何か異質な視線を感じた。  そっと窺うと自分と同じ位の男性客が呆然とした様子でこちらを見ている。何故そんな視線を?と思ったが、まさか聞きに行くわけには行かず、その客をこっそり観察する。  細身で引き締まった体に甘い感じのする顔つきだった。ただのハンサムではなく白皙と表現出来るレベルの美貌の持ち主なことは分かったし、祐樹が間違いなく声を掛けたいタイプだった。 「ね、これ」  アキさんがコースターを滑らせる。同席した他の二人は自分には分からない人の噂話をしている。アキさんがこちらに興味を示すので気を利かせたのだろうか…。  見てみると、携帯の電話番号とメールアドレスだった。 「貴方のも教えて貰える?」  男性だが言葉遣いは女性のようだった。 「いいですよ」  そう言って自分の携帯番号を同じくコースターに書き、アキさんに手渡した。  アキさんは嬉しそうにコースターを眺め、すぐさま自分の携帯を取り出すと番号登録をした。  先にアキさん達が店を出た。自分はしばらく1人で呑んでいたが、話しかけて来る人間の多さに疲労を覚えた。明日の講義にも差し支えが出ても困る。そう思って店を出ると、携帯の着信音が鳴った。登録されていない番号に、アキさんだろうと見当を付けたら、案の定だった。 「貴方に一目惚れしたの…抱いて欲しい」  掠れた声で言われ、つい誘惑に乗ってしまった。  それからアキさんとは何回か、そういう関係になった。関係が終ったのは彼の多情さと、それとは別に自分を束縛してくることが頻繁になったからだ。  祐樹は、もちろん自分のパーソナルデータを明かすつもりはなく、関係が始まった時に、それははっきりとアキさんに告げていた。そして自分が忙しい身の上であることも…。  しかし、彼は時間お構いなしに電話を掛けてきて「今から逢えない?」と言う。無理だと答えたら、電話の向こうで半狂乱になる。そのあてつけの積りか、他の男性とそういう関係になったことを赤裸々に報告して来たりする。その上あろうことか、他の男性との行為の最中にこちらに電話をかけてきたことには参ってしまった。それも祐樹が大学に居る時に。そういうエキセントリックな性格に付き合うことは出来ない。  そんなこんなでアキさんとは別れることにしたのだが、グレイスには行きにくくなった。  ふと、追憶から覚めた。パソコンはセーフモードになっている。長い時間昔のことを考えていたのだな…と思う。  香川先生の件は、明日もまた同僚を捕まえて本音を聞きだすことにしようと思った。関係者専用の入り口近くに喫煙所が設けられていることは好都合だ。煙草を吸うフリをして誰かが出て来るのを待てばいいのだから…。  インターネットに繋いだので、ついでと言っては何だが、黒木先生にメールを打とうと思った。学会で香川先生が執刀したという患者のレントゲン写真が見たくなったのだ。黒木先生は自分と違ってマメな人なので今夜送信すれば、遅くとも明日の朝にはメールを見るはずだ。  齋藤医学部長の思惑に反対出来る医学部教授は恐らく居ないだろう。それだけ彼の権威は浸透している。教授会で、香川教授が指名されることには間違いはない。  医局員が香川教授のワンマン振りをどうやって阻止すべきかが当面の課題だった。黒木先生は是非とも准教授に留まって欲しいというのが祐樹の願いだった。

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