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第1話 占う
未来って何だ。
過去と未来ってどこが違う。
変えることが出来ないなら、どちらも同じじゃないか。
未来は変えられる？
じゃあ何故過去は変えられないわけ？
本当に過去は変えられない？
本当に未来は変えられる？
なんだっていい。
でも、君が欲しい。
君だけが欲しい。
すべてを変えてでも君を手に入れる。
君を取り戻す。
それだけが答えだ。
女は震える指をカードへと伸ばす。
占い師がシャッフルしたカードはすべて裏向きで、トランプと同じで何のカードなのかわからない。
トランプならいい。
何のカードが出てきたところで、そんなのはただの数字や絵柄だ。
でも、これはちがう。
違う。
ここに出てくるのは女の未来や過去なのだ。
女は今この瞬間しか自分がもう持っていないことを知り怯えた。
占い師にすべて渡してしまったのだ。
過去や未来を全て。
女に許されたのはカードをいつ引くかそのタイミングだけ。
「許して」
女は泣いた。
「知りたいと願ったのはあなただ」
占い師は優しい声で言う。
引くことを拒むことさえもう許されない。
こんなことがしたかったわけではない。
本当の未来、本当の過去を見たかったわけではない。
なぜ観せる。
他人事のように過去を。
見たくなかった部分さえ冷酷に。
なぜ視える。
知りたくもない未来まで。
あたしはただ。
今よりマシな未来がほしかっただけ。
ちょっとマシな未来があるって言ってほしかっただけ。
それが本当でなくても良かった。
女はむせび泣いた。
「さあ、カードを」
占い師は優しく言う。
女は震える指でカードを選んだ。
また選んでしまった。
自分で。
だって占い師のカードは全てを言い当てた。
絶対に思い出したくなかった、出したままにしていた多量の薬。
それを飲んで死んだ娘。
カードは思い出させた。
出したままにしていたのは・・・忘れていたのではなかったことを。
管理し忘れてたのではないことを。
もう、閉じこもり暴れる娘に自分は疲れていたことを。
娘への愛はもう枯れ果てていたことを。
自死の可能性がある娘に薬がみつかることを望んでいたことを。
あれは不注意を装った殺人だったのだ。
何故初めて会ったこの占い師がそれを知っている？
誰もが娘が自殺したとしか思ってないのに。
震える指が指し示す選んだカードを占い師の美しい指が拾い上げる。
こんなに綺麗な指の男を見たことがない、そう女はぼんやりと思う。
真っ白な指は女性のように細くはない。
でも、美しく整っていてその短い爪の先さえ美しい。
優しく誰かの身体を愛撫するのに似合う指。
こんな指に触れられたなら、どんな気持ちだろう。
女はそんなイメージに逃げる。
これから突きつけられる現実に逃げる。
占い師は言い当てた。
女にこの占いの最中にかかってくる電話さえ。
殺してしまった子供ではない方の娘からであることも。
その内容が「早く帰ってきて」と泣くものであることも。
そして占い師はとうとう女の運命について結論づけようとしている。
ああ、ないのだ。
分かっていた。
どうせなかったのだ。
今よりマシな未来など。
「あなたは死にます。この後すぐ。そして死体は虫に喰われてしまう」
占い師はめくったカードを置いた。
それはいわゆるタロットカードではなかった。
そこに描かれた絵はそのままだった。
蠢く虫に喰われる女の姿。
腹の腐った傷口からウジ虫が這い出てくる絵。
青く膨らんだ女の死体の姿は醜悪だった。
こんなカードがあるなんて、なんていう占いなんやろか。
女はそんなことを考える。
薬を多量に飲み込む女と、その女を覗き見しているカードといい、このカードは占いというにはあまりに直接的すぎる。
「死ぬん？」
女は泣きながら言った。
恐ろしさに震えた。
「死にます、そして虫に喰われます」
良い相手と巡り会えますよ、みたいな内容を告げるように占い師は微笑みながらいった。
まるで異国の人のように彫りが深いのに、つり 上がった目。
アンバランスで、でも美しい男。
女はその美しい男が、優しく自分の頬からその美しい指で涙をぬぐってくれるのを、心地良いと思った。
「行きなさい。お代は結構。良くない占いにはお金は貰わないんです」
優しい声が言った。
女は笑った。
今更。
死ぬ前にお金を惜しむわけがない。
こんな大した額じゃない代金を払わないなんて。
女はむしろ多めに札を置いた。
そう大した額じゃない。
一番小さな額の札で、片手で足りるような枚数の金額。
むしろ高額だったなら、ここに来ないですんだのに。
「虫に喰われた後はどうなるん？死んだ後はどうなるん？」
女は聞いた。
自分が送った娘の行き先を、何故か今まできにしていなかった。
「さぁ？それこそ私が知りたい」
占い師は心の底から言っているのだとわかった。
「あなたにもわからないことがあるんやね」
女は泣きながら笑いながら言った。
恐ろしくてたまらなかった。
なのに自分は娘をそこに送ってしまった。
「わからないことばかりですよ」
占い師は微笑んだ。
やはり美しい男だ。
女は思った。
この男はどんな女を組み敷く？
それとも・・・女に愛させるのか？
それとも・・・これほど美しい男なら男を相手にしているのかも。
その身体を舐めさせたり、指で弄らせたり、咥えさせたりしているのかもしれない。
そしてこの男もその指や唇や舌で・・・
淫らな考えは恐怖から女を逃れさせてくれた。
女は立ち上がり、その小さな部屋を出た。
何も言わずに
女は建物の屋上にいた。
女が以前働いていた会社のオフィスがあるビルだ。
タバコを吸うために屋上が解放されているのは知っていた。
でも今日からはどうなるかわからない。
人が死んだなら、屋上は封鎖されるかもしれない。
タバコ嫌いな女は、ここで連中がもうタバコ吸えなくなるという考えに、とても愉快な気分になった。
どこにもあんた達がいてもいい場所なんかないんやで。
タバコを吸う連中に毒づく。
あたしにもなかった。
あの子にもなかった。
どこにもいていい場所はなかった。
女は自分で思っていたよりも簡単にフェンスを乗り越えた。
ただ思った。
占い師の占いは一つだけ間違っている。
ここから飛び降りたならすぐ見付かる。
虫に喰われるようなことにはならない。
死んで、死体まで虫に喰われるまで見つからないような死に方など・・・してたまるものか。
女は飛び降りるのに躊躇しなかった。
冷たい場所で死んだことにも気付かず、腐りはててしまうよりはマシな未来を選ぶために。
死を受け入れていた。
そして、衝撃音が響いた。
女の死体は確かに歩道の上に落ちていて、誰にでもすぐに見付かるような場所にあった。
音に誰かが気付き、窓を開けて下をみればいいし、そうでなくても、誰かが必ず通る場所だった。
でも。
誰も「それ」は見なかった。
女の身体に起こったことを。
ほどにうつ伏せて、横をむいているの女の口からベージュ色の光沢に満ちた虫たちが、蠢きながら大量に這い出てくるのを。
脚のないウジ虫のような虫。
ただその大きさは大人の指ほどの大きさがあった。
耳の穴から、鼻の穴から。
ズボンの裾からも出てくるということは、性器や肛門からも這い出てきているのだろう。
そして、高所叩きつけられ、内臓が飛び出ている胴体の、腹の傷口からも。
いや、出ていたのは内臓ではなかった。それらも虫の塊だった。
内臓のように固まっていた虫は分離し、ほどけて這い出していく。
蠢き女の身体を捨てていく。
女の目玉がほどけた。
それもまた、虫の塊だった。
目玉があった場所からも、虫達は蠢き這い出していく。
それは思いもよらない速さで。
動画のスピードを早めたようだった。
そう、女の中に詰まっていたのは肉でも血液でもなく。
虫だけだった。
蠢く大量の。
女は身体の中にまるで内臓や目玉のように虫を溜め込んでいたのだ。
虫達は蠢きながら、あっと言う間に建物の隙間に消えて行った。
そして、女の皮と服だけが残った。
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