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第30話
カーテンを閉めると、俺を抱きかかえたままリビングの電気を消して、当たり前のように寝室へ移動して、ベッドイン。
なんとなくいい雰囲気になったからって、昨日のことでモヤってた気持ちが解消されるわけでもなく。それに触れてくれないことにさらにモヤってしまう。
いいんだ。どのみち、好きだし。
気持ちよかったし。
PTSDの現象もなく行為ができたことは、お互い幸せなことだし。
そんな風に言い聞かせて目を閉じてみる。京さんが真っ暗は嫌いなもんだから、視線を向ければ見えないわけじゃないけど、なんか、ね、言いたいことがあるのに、目で訴えてみるってのも、こういう場面では違う気がして。違うと思うなら自分から言えばいいのに……ああ、またモヤってるよ。
「もしかして、君はセックス嫌いかな?」
京さんの腕の中でまどろみそうになっていたのに、なにか、飛んできた蠅でもよけるように瞬時に頭を振って起き上がっていた。京さんも、その行動を予測していたかのように、身体を起こす。
正座する形で京さんに向き合う恰好になってしまった。視線に棘が泣ければいいけど…と思いながらも京さんの目を真っ直ぐにとらえてしまう。
「二択で言ったら、嫌い、かもね」
泣いた理由を聞かれたら、適格な言葉がわからないから。
頷くように京さんが目を閉じる。なんだか胸元に風穴が空いたように、シンシンと痛みが走る。そう。言葉に出して気づいたよ。これって恋人として、致命的にNGなセリフじゃない?
「5…択くらいにしたら?」
言い放ってから後悔してることがわかるのか、京さんは助け船を出してくれる。
「京さんは好きだけど、なんか…、」
「ああ、5択じゃなくてもーっと広げていいよ」
京さんがそーぉっと手を広げる。そういう気遣いができるなら、「昨日はごめん」と一言いってくれれば済む話なのにと、思う。
黙って見つめ返すと、それが聞こえたかのように京さんが言う。
「昨日はね、君が泣いてもやめないと決めて襲った」
……襲った、んだ。
「君を守れるほど、ちゃんとした大人になりたいけど。君の社会復帰を手助けしたいと思う気持ちと同じくらい、君が外にでてまた傷つけられたらどうしようとか……」
京さんが横を向いて口元を隠すように拳を当てる。
まぁ、手放しで社会復帰できるとは、俺だって思ってないけど、京さんも、それほど積極的ではなかったのかと改めて思う。それでもちゃんと背中押そうとしてるんだね。それだけで大人だと思うけどな。
それでヤってみてまたダウンしてしまって、復帰どころじゃなくなったら?
大人じゃないところも共存してんだね。俺のモヤモヤも京さんを責めたり、自己嫌悪だったり、あっちこっち振れるから文句も言えないか。
京さんが胡坐をかいた膝に両手をついて、頭を下げる。
「ごめん。昨日のようなことは二度としない」
5択でいうなら、「どちらかというと嫌い」ってところよりは上? 「セックスは嫌いだけど京さんとはしたいし、やってみると気持ちいいから本当は好き」ってところなのかな?
そうするとさぁ。
「それ……約束しちゃうと、たぶん……」
京さんが顔をあげる。眉間にしわができてる。
「俺、自分から誘うなんてこと……たぶん、しないし」
京さんが唇をきゅっと噛むような、突き出すような、難しい顔をする。指を出して眉間に触れると、京さんは思いがけず緩やかに微笑んだ。綺麗。膝をついて顔を寄せると、京さんが腕を引いて身体を寄せてくれる。温かい。思いっきり腕を伸ばして、京さんを全力で抱きしめてみるけど、肩に載せただけの京さんの手ほどの包容力はない。
この気持ちは京さんがこじ開けてくれないと、解放されないと思うんだ。だからって力任せだと京さんも辛いだろうね。
「なんか、絶対だめなときの合言葉を考えよう」
「ああ、そうだね」
駆け引きができなくなるからツマラナイ気がするけど、今のところはとりあえず合意しよう。
「……自我がないときは、京さんに任せる」
きっと。
外に出ると俺、傷つくどころか、凹むし、暴走するし、落ち込んだりするし、はしゃぐし。
独りじゃ処理できない気持ちになる。壊れる。頭や心で受け止められないものは、温もりが解決してくれることもあるってわかってるから。
困った顔をしてるだろう京さんが、俺の髪を撫でる。
だいたい、セックスに限らず、京さんのすることは、大概好きだから。大丈夫。
京さんの唇が耳たぶに触れる。
「昼間のキッチンじゃなきゃ、あんなに嫌がらないよね?」
ち。
「そんな、単純じゃないもん」
毛布がおでこまで掛けられた。
おわり
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