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第29話 ~月の光~

 ふわっと柔らかい香りがする。ボディソープかな、俺も同じもの使ってるけど、自分ではよくわからない。京さんの腕が身体に肩に触れようとしているとわかったとき、自然に身体を捩って逃げていた。  ……あー。  京さんと目が合う。 「ごめん。昨日の今日だし、怖い、か」  京さんが俯きながら言う。……ま、そう、なんだけど、避けるつもりはなかった。もうそろそろ寝るってなるとベッドってなるとね、なんか、期待してるとか嫌な予感とかそういうことじゃなくて、やっぱ意識はする、よね、昨日の今日だし、つか、昨日は昼間だったけどさ。  と、沈黙を守っていると京さんは、天を仰いでからこちらに顔を向ける。ちょっと首を傾けて微笑む。それ、やめて。照れるわ。  俯いた先に手をゆっくり差し伸べてくる。 「だっこしたいんだけど」 「なにそれっ」  耐えられません。顔から湯気が出そう、赤いね、京さんが笑うのはそのせいだ、わかってるぞ、クソ。 「お姫様だっこ。久々に」  付き合ってるのが彼女とかなら喜ぶだろうけど、俺は男だから「お姫様」言われても嬉しくないの、わからないかしらっ? 「君がどれくらいの重さになったか、ちょっとだけ」  京さんが指をバラバラにわらわらと動かす。ちょ、ヘンタイっぽいからやめて。 「だっこしなくても、重……」  ああああーこの浮遊感。腕を振って藁をさがす。藁っていうよりはるかに立派な京さんの首にぶつかってしがみつく。だっことかいって歩いてるよね、揺れるのちょっと怖いんですけど。ああ、ドキドキするけど、京さんの胸ってやっぱり心地いい。腕に力を入れて上体を少し起こして身体を寄せる。さっきの柔らかい香りは京さんの身体に吸収されてしまったのか、自分の体温が上がってかき消しているのかわからない。息を吸ってるつもりが止まってたり? 目を閉じて深く息を吸う。うん、大丈夫、京さんがいる。 「カーテン開けてみて」  耳元で囁く声で目を開ける。右手を京さんの肩からそっと離して、カーテンをゆっくりとひく。蒼い、澄んだ夜空が見える。 「あ、月」 「うん、さっきジョギング中に、君に見せなきゃって思ったんだ」 「きれいだね」 「うん」  空に白く輝く月がひとつ。きれいだと思う。きれいなものって眺めていられるからいいよね。  俺は、別に月が好きなわけじゃない。ただ京さんに触れていたくて、抱きしめられたくて、「月が見たい」なんて言ったから、京さんはもしかしたら俺が月好きだと思ってるかもしれないけど。嫌いなわけじゃないし、こうして京さんに触れながらじっとしていられる時間は好きだから、いいかな。

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