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第28話 ~photograph~
やっぱりヲタク精神が勝って食事後はPCの設定をした。デザイン系のソフトやSNS、クラウドを京さんのところと繋ぐ。設定してるだけでワクワクするってやっぱりヲタクなんだと思う。
京さんがインフルエンザで寝込んだ時に、遊びで作った画像なんかをこっちに移動する。「これなに?」って聞かれなかったから、存在自体バレてないのかと思うとちょっと残念なような、でもよかったな、と思う。傑作って思ってるヤツをデスクトップ画像に設定した。セピア調の写真だから、アイコンのテキストを白にするか、黒にするかで迷ったりしながら。
「設定終わった?」
堪能してたら後ろから京さんが声を掛けてきた。夜のワークアウトとシャワーも浴びたのか、ソファーの横に落ちた体温がほんわりとしている。慌てている素振りを見せないように、
「…うん、ほどほどに」
とかいいながらすべてのソフトを閉じてPCを落とす準備をする。全ソフトを閉じて、左手で画面をたたむようにしながらシステム終了しようとすると、京さんの右手が画面を押し上げる。
「なに? なに? もう寝よう」
慌てたせいか「システム終了」をクリックできず壁紙だけの画面が開かれてしまう。
ああ、凝視してるな。でも、わかんないよな。
「……これ、誰?」
うーーーんと、
「誰だったかなー? 色調が好きで適当にダウンロードしたんだ」
「……そうなの?」
俺の手は閉じようと力を入れているのに、内側から京さんの指がそれより強く押し続けている。困った。バレるか、やっぱり。
「なんか、どこか……」
どこかで見るわけはない、わかんないように加工したつもりだから、フォトショップの腕も上がったと自負してただけに、ちょっとショックかなー。見た目ではさ、浜辺を走るシェパードとゆっくり後を追う一人の男の画像だ。プライベートビーチなのか、男の顔まではわからない。逆光でほぼシルエットだけが見える状態だ。はだけたワイシャツが軽くなびいている。それ以外なにもない、陽が沈もうとしているだけのシンプルな光景だ。
京さんから言葉は出てこないから、そっと横を見ると左手を口元に押し当てながら、マジマジと画面を見ている。うーーん。
「これ……俺? じゃないよね?」
ああ、バレたぁ。
「ちぇっ。合成ってわかるかぁ」
「え? 合成なの?」
「は?」
じゃなんでわかったの?
「へぇ、すごいねぇ」
とぼけた京さんの声にちょっとイライラして、頭をグリグリと両手でかき回す。もー、なんなの? この人。
以前使っていたスマホに、お守りとして京さんの写真を入れていた。初めての日、帰り際に盗み撮りした京さんの背中。俺にパワーをくれる唯一無二のものだった。二度とみれないと思うと、益々ベストショットだったんじゃないかと思うくらい、好きな写真だったと思う。肩のラインや肩甲骨の影、背筋、眺めすぎたせいか、背中を見ただけで京さんだとわかるくらい、何度も見てた写真だった。
壁紙用のやつはお出かけする京さんが支度しているところを、こっそり撮ったものだ。単純に犬が浜辺を走っている画像を拾ってきて露光を合わせて合成し、色調を変えただけだ。
咎めるでもなく、「すごいねぇ」以外の感想はなさそうなので、電源を落としてノートを閉じる。深く掘り下げられる前に寝ることにしよう。そう思ってノートを押しやると、逆に横にあった京さんのスマホを京さんが引き寄せる。身体が京さんの方に傾いて、左腕で抱き寄せられたのだと気付くと、目の前にスマホがあった。
「ちょ……」
拒む前にシャッター音がした。
「そういえば、僕、写真って全然気にしてなかった」
そういってまたシャッター音が続く。ちょっと待て。寝間着だし、撮るシーンじゃないし。待って。と、藻掻く間に何度もシャッター音が鳴る。ちょっ、アホなの? 必死でもがいて掴んだクッションをスマホ画面めがけて押さえつけると京さんの動きも止まった。二日続けてこのソファーで無駄な攻防を続けると思わなかった。焦って振り回した左手がゴツっと京さんのどこかにあった。あ、殴ってしまった。
「……ごめん」
それは俺のセリフなんだけど。そう、でも、はしゃぎすぎてる京さんの方が悪い。
ま、一旦パパラッチおさまったからいいか。首を思いっきりひねって睨んでみるけど、声のわりにあまり懲りてない顔してる。身体を離そうとしても、抱え直されてしまう。優しくされてしまうと抵抗できないから困る。
「今に至るまで写真撮ってないってことに気づかなかったから。いろいろ撮っておいた方がいいかなって思った」
そういうの、単細胞っていうんだよぅ。
「あちこち行ったのに撮ってなかったから、思い立ったら残しておいたほうがいいかなって」
そう言い終わると同時にまたシャッター音が鳴った。いつの間にかクッションを土台にスマホを設定されていた。京さんを睨めばいいのに、なぜかスマホの方を睨んでしまう、ああ、俺は子供か。眉を寄せていると京さんが身体をひねって同じ方向を向くようにして、シャッターを押す。やっぱり懲りてなかったよ。
「君が知らない君の顔、僕だけが知ってる」
低い声が耳元で発せられると、胸の奥が痺れを訴える。熱い頬に寄せられる京さんの体温。わかるよ、京さんの頬だ。泣きそうな気持ちになりながらシャッターの鳴る方へ眼を向けてしまうのは、泣き止まない子供だけではないはずだ。恥ずかしい。睨みつけてるつもりだけど、頬は熱い。顔を寄せられているから、だけじゃない。
「俺なんか、撮っても意味ないって!」
京さんの腕からのがれようとジタバタしながら声を荒げてみるけど、京さんは呑気にシャッターをバチバチ押す。
「君が知ってる君以上に、僕が知ってる君の方が可愛いことを知るべきだと思うよ」
「ちょ、意味わかんないッ」
そういうと掲げていたスマホを下げて京さんが呟く。
「だから、君は拒むんだろうな……」
ゴトッと音を立ててスマホが床に落ちる。両腕がぎゅっと俺を包む。ああ、もうダメです。疲れたのもあるけど、抵抗する気力がなくなりました。
「僕の腕の中にいる君は、ホントに可愛いよ」
「……っ」
マジで恥ずかしい。
額を滑る掌が、京さんの胸へと向かせる。どんなに興奮していても、この腕の中の居心地の良さからは逃れられない。首を振って抵抗する意思は見せるけど、無駄に疲れるだけだ。暴れないように京さんが膝を立てると、後ろからロックされた状態の俺はもう、動けない。
「可愛いって言われるのは、嫌?」
「……」
「僕は、何度でも、本気でそう思ってるから、伝えてるけど。全力で否定するから……」
京さんの身体が傾くのがわかる。スマホを手にしたんだろう。黙っていると目の前に持ってこられる。これまでの攻防戦が、ぼけた写真も含めてたくさん京さんのアルバムに収められている。京さんの親指が動いて、「ほら」と時々言いながらスワイプを続ける。
「ほら」って言われても、俺の視線がいくのは画面の中の京さんだけだから、なにが「ほら」だか……。
「君が知ってる以上に、僕が見ている君は可愛い」
「……」
最初の写真まで戻ってしまうと、京さんの指は逆に動いてまた、「ほら」といった写真でゆっくりになる。可愛いと、言われることは嬉しい。そう思われたいと思ってる。でも価値観って違うものじゃない?
「京さんが思うだけであって、俺が共感する必要はないよ」
「ないかな? 僕の好きなものを否定しないでほしいな」
「……」
うーん。
「好きな理由を否定されたら、僕はどうして好きなのかわかんなくなっちゃうよ」
ううーん? そうかな? ちょっともう頭が飽和状態なのか、珍しく言葉が出てこないな。小さな画面の中の俺と目が合う。めっちゃ抵抗してたつもりだけど、嫌だって顔には見えない。楽しそうに微笑んでる京さんの顔が横にあるだけで、なんか、「見てんじゃねーよ」って威嚇してるガキみたい。……楽しそうだねぇ。
「こうやってさ、楽しい時間を切り取って残していくことにしようね」
「……」
なんか考えようとしたけど、なにも浮かばなかったから頷く。京さんの楽しそうな顔、嬉しそうな顔、うっとりしてる顔、切り取れるなら俺も嬉しい。
「あー……」
「うん? なに?」
自然に声が漏れてたので黙って首を振った。
あー。バカっぽいけど、幸せだなぁ。
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