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第27話 blank

 昨日……  昨日……  久々にセックスした。  京さんが、急に抱きついてきて、なんか……、昼間なのに……    *  ぼんやりして頭があんまり働かない。  京さんの実家で過ごして、東京へ帰ってからは何度かしようとするたびにパニックになったり、過呼吸になったりで、ちょっと俺が不安定だったから、しないことに決めてたんだけど、ね。別に、いつまでってことも決めてないし、快復したらっていっても、コトに至ろうとすると出てくる障害だから、身体の調子や健康状態がどうのっていうのじゃわからない。心の問題って言われても、本人にも、ましてや京さんにも調子がいいかどうか、見た目じゃわかるもんじゃないのにね。  だから、やっぱり、もしかすると京さんが限界だったのかもしれないよね。  なんか、正直、しばらくしないってふたりで決めて、どこかで安心してたんだと思う。パニックや過呼吸がというんじゃなくて。なんか、ね、まだ、恥ずかしい。もっと触れてほしいとか、今、キスしたいとか思うことを、暴かれたくないけど、気づいてもらえると嬉しいし、腹が立つし、もどかしいし、……意味わかんないけどいろいろな気持ちが一気に、いや一気にと感じるほど瞬く間にいろんな気持ちになるというか。……なんか、ね、そういう……うーん、わかんなくなった。  ヒドく拒否ったし、……泣いたし。終わった後、全部任せっぱなしなことも、生まれたての雛を守る親鳥のように、眠りにつくまで寄り添ってもらえたのも、俺のそういう行動が京さんを悪者にしてるみたいだし、好きって言葉にまとめられないこの気持ちのもやもや感とか、どうやって片付けたらいいか、わかんない。  頭を撫でてくれた優しい手を思い出すと、涙が出てくる。  目を覆うよう腕をおく。シャツの袖が水分を吸って頬に張り付く。  後で謝ったら済むこと?  蒸し返すと京さんが強引に進めたことを、また後悔してしまうかもしれない。それは嫌だな。気持ちは整理できないけど、ちゃんとできたことは嬉しい。  もう少し、慣れたらこんなもやもやもなくなるかな。次があるなら、京さんがもっと気持ちよく、一緒に幸せだって思いながら二人で眠りたい。守られるより、愛しさだけで抱きしめたい。    *  京さんの声が聞こえた気がした。今日は打ち合わせが2件入っているから、帰りは夕方になるって言ってた。ソファーで寝がえり打ちながら、胃のあたりのお守りをシャツの上からそっと握る。  水音が聞こえる。あれ? 雨ってより、水道の音? 京さんが手を洗ってる? あれ?  重くて上がらない瞼をうっすら開けながら上体を起こす。 「ただいま」  あれ、後ろから京さんの声がする。「おかえり」と答えたつもりが声がガビガビだった。 「あれ? 寝てたの?」  頭ボサボサ、笑い声と手の温もりが頭に落ちる。撫でられると嬉しい。うん、セックスは行為の連続だから、ひとつ一つを嬉しいとか気持ちいいとか、素直に受け止めればいいだけかもしれない。 「お昼、何食べたの?」  お昼? 食べてないな、過ぎちゃったの? 約束どおりもう夕方なのかな? 「あ、洗濯もの取り込んでな…」  立ち上がろうとしたら後ろから手を引かれて、ソファーに座り直す。 「僕がやるからいいよ」  そういって前髪を引っ張るように指を通す。そんなに頭へんなことになってる? 自分で両手を伸ばしてみると、ソファーの背もたれに腕を組んで京さんはほほ笑む。 「晩御飯、何食べる?」 「うーん。京さんの手料理」  ずるいよ、と笑う。穏やかな気持ちになる。なにも心配しなくていいんだって思う。 「じゃあ、僕の料理で何が一番好き?」 「……ステーキ?」  また笑う。 「じゃあ、買い物いってこないと」 「それはヤダ。ありもんでいい」 「なにがあったかな?」 「見てくる」  ソファーで立ち上がって跳ねる。冷蔵庫に行こうとしたらテーブルに買い物袋と、箱でわかるソレがあった。 「……!」  MacBook。仕事で使ってた。それを持って会社へ行ったり、コワーキングスペースへ行ったり、京さんと向かい合って仕事をした。  隣に京さんが立つ。 「午前中、君が勤めていた会社へ行った」 「打ち合わせ……」 「打ち合わせ。午後は僕の仕事の打ち合わせだけど。君の復帰について話し合ってきた。仲間が待ってるよ」 「……」  息が止まった。  京さんが箱を開けながら話を続ける。仕事内容については以前同様で、しばらくは自宅勤務でリモートで様子見ながら、と。クライアントとの打ち合わせを含むディレクション業務も、様子を見ながら始められるように。京さんや会社の人たちも協力し合って、体調や環境の変化に注意しながら仕事の範囲や量を増やしていくということで了解したということだ。 「もちろん、君の気持次第だけどね」  保護シートを外して目の前に置かれたノートにそっと手を触れた。懐かしい感触だ。丸い角から親指をスライドして開く。 「……できるかな?」 「君が前向きだから、僕はできると思ってる」  補助的な業務からまずは時短で……、言いかけて京さんがキッチンカウンターに回る。 「まずは食事の準備しよう。ごはん食べながら話そう」 「うん……」  起動してみたかったけど、一旦閉じかけて京さんの顔を見る。ちょっと照れる。 「これ、ありがとう……でいいのかな?」  うーん。京さんが唸る。 「そうしてもいいけど、会社から補助金が出るらしいよ」  二年間、毎月の給与からちょっと引かれる。途中で辞める場合は返品した上にローン終了、でも払った分は返金しないと。うーん。 「それくらいの足枷があると、簡単に辞めないかもね」 「僕が監視してるんだから、そう簡単に辞めないよ」  京さんがおなかをさすりながらカウンターへ回る。 「お昼食べ損ねたから、まずはごはんにしようよ」  タイミングよく京さんのおなかがグーとなる。笑っちゃう。  京さんの隣へ走っていく。床に置いてあった買い物袋を持ち上げている京さんに体当たりする。京さんに腰で反撃されて靴下が床を滑る。軽く飛ばされたところからまた走って、腕に絡む。袋からパンやお豆腐、野菜を出す京さんは腕に絡まれてちょっと不自由そう。 「俺も手伝う。何作るの?」  京さんが首をちょっと傾けて目配せをする。ん? 袋? 手に持っていたのは。 「ステーキ肉!」 「気が合うねぇ」  ありものでステーキ食えるって、幸せだね。 「洗濯物ややっぱり俺が取り込むね」 「あ、よろしく」  京さんがじゃがいもをゴロゴロと流しに置きながら言う。テーブルにとっておき用のワイングラスを並べよう。京さんの好きな赤ワインを俺の手の届くところにおいておこう。俺はワイングラスでウーロン茶だけど、ね。  

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