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第26話
「いらっしゃいませ」
カウンター越しに弾んだ声を出した若い女性は、大きな目をさらに見開いて、顔を赤らめた。何? 男二人が来たらいけないの? 片瀬さんから預かったケーキの受取証を不愛想に渡す。
「ご予約の方ですね、少々お待ちください」
彼女はたどたどしくそう言うと、奥へと走っていった。何? 見習い? 研修中? 一人で大丈夫? カウンターにはパステルカラーのかわいいケーキが並んでいる。きゃー、かわいい。全部美味しそう。お金持ってくればよかった。ケーキをマジマジと眺めていると後ろから京さんが小声でささやく。
「彼女、君に一目ぼれだ」
はぁ?
「つっけんどんな態度は得しないよ。愛想よくして」
はぁぁ?
「お待たせしました」
突っかかろうとしたら、店員が戻ってきてしまったので、仕方なく店員を振り返る。目が合うと彼女は俯きながら、ケーキの箱をそっと回転し、中を見せる。
「ご予約のケーキはこちらでよろしかったでしょうか?」
言われて中を覗く。きゃーかわいい。白いホールケーキにマカロンやフルーツがキレイに盛られていて、プレートが乗っている。ああ、いいなぁ、家族で食べるケーキだねぇ。見てるだけで幸せ。あ、でもどんなケーキを予約したかは聞いてこなかったなぁ。でも、これなら間違っていてもなんの文句もないよね? あれでも、生クリームダメとか、男の子用のもっとチョコレート系の色味とか?
「あの……手違いがありましたか?」
眺めながら考えこんでしまったので、店員さんがおずおずと声を出す。どうだろう? 京さんを振り返ると、首をかしげて京さんが箱を覗く。ちらっとみて
「いいんじゃない?」
と即答する。適当? まあ、京さんがいいっていったからいいか。
「これでいいです」
京さんが一歩後ろに下がりながら、フフッと小さく笑う。何よー。
「ろうそくはどうされますか? 小さいのを10本か、大きいのを2本、どちらも無料ですが」
えー、聞いてない。でも大きいの2本は寂しいんじゃない? でも小さいの10本だと、フーって消すの大変? あ。
「これは?」
カウンターに飾ってあった数字の形をしたキャンドルを差して聞く。数字ごとにカラフルでかわいい。
「すみません、こちらは有料なんですが」
京さんを振り返る。「えー」といいながら、京さんがポケットを探る。出てきたのはポケットティッシュだけ。ちょ、スマホくらい持って出ろ! 情けない顔をする京さんに、顔で威嚇しながら自分のポケットも探ると、右手に小銭が乗っていた。なんかのときのお釣だろうか。184円。
「……36円足りない」
小銭を突き出しながら、見ればわかることを店員に向かって呟いてしまった。恥ずかしい。小銭を握って両手をポケットに戻す。……残念。
「あ、あ、ああのぉ」
どこから出してるかわからない高い声が店員さんの方から聞こえた。
「た、足りない分は今度、で、いいですよ」
……今度? こないかもしれないのにそんなこと言っていいの?
「よくないよ、店長に怒られちゃうよ」
「おお怒られません。以前、先輩もしてましたので、だいだい大丈夫です」
彼女は赤い顔で今にも泣きそうになりながら、言い切った。さっきの京さんの囁きを思い出すと、彼女の気持ちを利用しようとする自分を下衆イと思った。声にせず「ホントに」と口を動かすと、彼女はコクコクと頷く。カウンターに肘をついて彼女に近づく。
「ありがとう」
彼女は一歩離れてフルフルと首を振る。
「今度ぜったい、ケーキ買いにくるね」
「あり、ありがとうございます」
彼女はそう言ってお辞儀をすると、ローソクをケーキの箱に貼り、お持ち帰り用の準備を始めた。
ケーキの箱は自転車のかごに入らなかったので、京さんが持って帰ることになった。
「取っ手があってもぶら下げるわけにいかないからもどかしいね」
「崩れないように抱えちゃう人がいて、結局体温で溶けちゃうから取っ手をつけたって話をどこかで聞いたな」
「ふうん……」
夕暮れの道を並んで歩く。日が長くなってきたね。
俺、今日普通に知らない人としゃべってたね。お店にも入れたし。
京さんと片瀬さんが仕掛けた復帰のための実地試験は、見事に合格じゃないかなー。
自転車を押しながら、桜を見上げて歩いた。……筋肉痛に、ならなければ尚良しだなー。
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