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第25話

   *  ペダルを下げる度にすねが痛い。筋肉痛になる前から、使ってない筋肉が存在感を誇張し始めているけど、今は黙殺するしかない。風除けのために顔半分を覆っているマフラーが、はぁはぁしているせいでちょっと湿っぽくなってきた。首を振って顎の下へずらす。  俺は親切心で片瀬さんの息子のバースディケーキを取りにいっているわけじゃない。  何年振りかの自転車にビビりながら、わき目もふらずに黙々と走ることに集中している京さんを追っかけるのに必死だった。  家から中目黒までほぼ3キロ。 「20分くらいでつくよ」と、京さんが軽く言うから軽く考えてしまったけど、1kmを7分程度で走るって、フルマラソンを5時間で完走する人のタイムだよ、って後で調べて思ったけどね。  半分立ちこぎでも追い付かないから、はぁはぁいいながら、離れないように京さんの後ろを追っかける。っていうか、そもそもムッキムキに鍛えているトレーナーが、ママチャリだとは思わなかったよ、騙されたよ。  もうすぐ三月。スウェットの上にジャンバーを着込んで、自転車を漕いでると汗ばんでくるのがわかる。京さんを視界に収めながら川沿いをいくと、通り過ぎる桜の枝に、ちらほらと小さな蕾がついているのが見えたりする。枝越しに見る青空が冴えていて綺麗。もうすぐ春だね。  そんなことを思うとちょっと楽しい。あ、やばい、伴走ということをすっかり忘れて、タイムを伝えることをもう忘れていた。っていうかさ。そんなの本気で知りたかったら、スマホとか腕時計で事足りるじゃん。これ、絶対おかしいよね。  まぁ、京さんの背中を見れるのは楽しいから文句はない。ここまでブツブツ言ったり、いや思ったりしてたけど、文句はないって言える程度だ。走る姿もかっこいい。3kmで終わると思っているからこその歩幅とスピードなんだろうけど、ジョギングのストロークじゃないからね、いや、わかんないけど、自転車でも俺は結構しんどいって。そこが、多分、京さんの背中をより美しく見せているんだと思う。ああ、こういうのってやっぱり惚気?    大きな通りで信号に掴まって京さんが振り返る。 「大丈夫?」  走ってる人に自転車を心配してほしくないっすね。ぷいっと横を見ると見覚えのある通り。ふうん、右にいけば恵比寿か。……ああ、この先行くとね、京さんと付き合いだした頃の会社がある道だよ。思ってたより近い、かも。そういえば、自転車でも通える新居って言ってたね。確かに、このスピードでは自転車漕がないけど、無理はないかもね。ってこれ、まさかの実験かな?  ジョギングの人は信号待ちで足踏みとかしてるけど、京さんは立ち止まって、両手の指を交差し身体を引っ張り上げるように天に向けて伸ばす。……呑気だなぁ。 「大丈夫?」  もう一度聞かれて、無表情のまま顔を向けると、京さんは、覗き込むように顔を寄せる。だめ、それやめて。 「足、痛い」  笑いながら、「もうすぐ着くよ」と言う。川沿いの道は石畳っていうかレンガのような、平らじゃない四角い石が敷き詰められ、目地から雑草が飛び出している。足をこすりながら、 「これ、結構ケツにひびく」  と付け足すと、さらに京さんは笑う。 「帰りは別の道にしようか」  信号が変わると、京さんは走り出した。ちょっとゆっくりめのペースになった。隣に並んで走る。  風と陽射しがきもちいい。

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