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第24話 ~自転車~

 おかしいじゃん、絶対。  そう思っても、なんとなく流されちゃって言えないときって、それほど大した理由じゃないからまぁいいかって思う。そうね、俺って基本的にどうでもいいことをどこまでも深く考えていることが多いから、概ね無駄なんじゃないかって思う。 「あぁあぁあぁ、忘れてたぁぁ」  相変わらず露出の高い片瀬さんが、ムンクの叫びポーズで腰を落としていく。んー、絡み辛いので、京さんに目配せすると、京さんも両手を広げて欧米人リアクション。 「どうしよう、今からお客さんきちゃうんだよー。夜も入れちゃったんだよー」  地面に崩れ落ちた片瀬さんが、四つん這いでこっちに接近してきた。怖いから後ろに下がったけど、すぐに家に上がる階段にぶつかって、勢い腰かけると片瀬さんに膝をがっちりつかまれた。パーマなのか、痛んでるのかわからないチリチリの髪の毛をこすりつけながら、片瀬さんが首をふる。 「あー」  京さんが間延びしたような声を出す。 「伴走のこと? 別にいいよ、一人で走るから」  バンソー? そういえば、インフルエンザが治ってから京さんは朝だけじゃなく、たまに夕方も走りに行くって出掛けてた。身体を動かすことが趣味の人のバイタリティーって理解不能。 「そうなのよ、最近、三枝さんってば、タイム計りながら走ってるからさ。自転車であたしが伴走してるってわけよ」  そうなのよ、って、ちょっと。 「それなのに、お客さんいれちゃったのよー」 「片瀬さん、トレーナーなんだから、金にならない近所の兄さんのマラソン伴走者より、お客さん入れる方が正しいと思うけど?」 「ええ? おっま、つめたいなー!」  膝を握ってガシガシ揺すられる。ちょっと、やめて。 「近所のお兄さんって、おまえの同居人だろーがぁ。おまえが付き合ってくれないからあたしが代わりにいってやってんのに、冷たいってぇ」 「ちょっとぉ、なんで俺が責められなきゃいけないの? 独りで走るからいいって本人が言ってるじゃんよ」 「あー、おまえいま一人って、コドクのコの方にしただろう?」 「はぁ? バカなの? コドクでいうならドクのほうだよ」 「ドクか、やっぱりおまえって奴は毒しか吐かねーなぁ」  片瀬さんの爪が膝に食い込む。歯をむき出した片瀬さんが顔を寄せてくるので、手を前に出す。 「ちょっ……」  まぁまぁといいいながら、京さんが片瀬さんをヘッドロックした。見てるこっちの息が止まりそうだ。 「僕はいいから。また、暇なときに、ね」 「アダジ、あ、ヨグ、ダイ」  喉がつぶれたまま声を出す片瀬さんは、ちょっと楽しんでいるようにみえたけど、京さんは ロックを解除した。片瀬さんは、首を伸ばして左右に振るとウエストのあたりから小さな紙を出してひらひらさせる。 「あたしはよくない。今日、コレ、予約してたのよー」  ひらひらさせながら京さんの方へ突き出した。片瀬さんの背中をみるけど、ぴったりしたスパッツにはポケットなんかない。ん? それ、どこに入れてたの? 「ケーキ屋さん?」  京さんが小さな紙をみてそう言う。 「そうなの。息子の10回目の誕生日ケーキをね、おサレなナカメのケーキ屋さんで予約してたのさー」  おしゃれな中目黒のケーキ屋さん? いやいや、そこじゃなくて、こんなに露出の高い片瀬さんにお子様がいたってことがちょっとびっくりだね。びっくりと同時に、ホントに京さんを狙って絡んでるオンナではなかったってことに、ちょっと安心する。 「なんだ。じゃあ僕がついでに受け取ってくるよ」 「え? いいの?」  ありがとうと言って、ほぼ上半身裸の色黒女性が京さんに抱きつく。うーん、やっぱり安心素材はないか。 「京さん、走ったらケーキぐちゃぐちゃになっちゃうよ?」 「……そっと、走るよ」  柔らかく微笑みながら京さんが言うけど、「走るな」と言う片瀬さんと同じタイミングで心で呟いた。

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