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第1話

見付けた。 僕の全てをかけてもいいと思える奴、見付けた。 放課後のまだざわつく教室の中、福木哲雄は少し焦るようにカバンに机の中の教科書やノート類を押し込めていた。 早く、早く。 早くしないと、あいつが帰ってしまう。 元来の丁寧さが邪魔をしつつも、机の中の全ての物を入れると、パンパンになったカバンの蓋をぐっと締めて持ち手を握り教室から出て行こうとした。 しかし、ぐいっと机に引き戻されるように鞄を引っ張られ、転びそうになる。 それを何とか机に手をついて我慢する。 「おい!何のつもりだ⁈」 誰がやったのか確認するまでもなく、自分の前の席に座る玉井を睨みつけるようにして少し大きめの声を出した。 数人の生徒が何事だろうとこちらを向くが、たいていの生徒は友達との会話に夢中になっていて、僕と玉井の事には気が付いていない。 「そんなに急いで、どこに行くんだろうなぁと思ってな。」 おどけたように玉井が僕のかばんを握ったままで答える。  「玉井には関係ないだろう。時間がないんだ、失礼する。」 突き放すように言うと、玉井からかばんをむしり取り、しっかりと小脇に抱えて教室から廊下に出た。 僕はあまり人付き合いが良い方ではないし、ある特定の人と積極的に付き合うような人間でもなかった。 クラスメイトとは挨拶や軽い会話はするが、それ以上の関係を築こうとはしてこなかったし、したいと思えるような奴にも会わなかった。 しかし、先日の学校でのちょっとした行事の際にそいつを見つけた。 この学校は東京にありながらもそこそこのマンモス男子校の為、名前は知っていても特に接点がなければ会う事もないのが普通だ。 そう、名前は知っていた。 「山野 幸也」 都内トップクラスの進学校の中で、常時学年3位を取っている中の一人だ。 何回か他の生徒にあいつがそうだと言われたが、興味のなかった僕は顔を見る事もなかった。 しかし一緒に行事について仕事をしてみると、僕にはない引き出しを持ち、それを使って周りの人間に的確に指示を出していく。出された側はその柔和な物言いと笑顔になんとなく乗せられて、ちょっと面倒くさいような事もいつの間にかやらされている。 そんな山野を見て、嫉妬よりも凄いという気持ちしか思い浮かばなかった。 この男と人生を過ごせたら、この無味無乾燥な僕の人生も少しは変わるのではないかという希望を持った。 そして行事も終わり、一段落した今日、自分の気持ちを山野に告白する事にした。 いつもは通らない廊下を少しドキドキしながら足早に山野のクラスに向かう。 数人の生徒が僕の顔を見て、こそこそと話をしている。 いつもは見慣れない、クラスの離れたやつが来ると縄張り意識が働くのか、あからさまな態度と視線が突き刺さる。 それらを気にしない風にして、ともかく山野のクラスに向かって歩き続ける。 山野のクラスの前で、少し汗ばんだ額を手で拭うと、一度深呼吸をする。 その時、教室の中から数人の話声が聞こえてきた。 「山野はすげーよ!いっつもトップ3にいんじゃん。」 山野の事? 「そんな事ないし…お前だって何気に走るの早いし、俺は運動が苦手だからうらやましいよ。」 あぁ、この感じ…山野だ。 「そう言ってくれるのは山野位だって。 そう言えば、この学校にαって何人いるんだろうな?」 「唐突だな。うちのクラスは…山野だろう?」 「え?違うよ。俺はそんなんじゃないって。」 急に自分の話になった山野が焦った声で答える。 「あぁ、そうだったな。分かってるって。」 その山野の言葉を信じてはいないなと分かる言い方でクラスメイトが返す。 「いや、本当にαなんかじゃないから、俺。」 僕には少し、それに対して迷惑しているような声に聞こえる。 「分かった、分かった。そういう事だよな、うん。」 ただ、そんなことは気にもせずにクラスメイト達は、山野をαと確信しているようだ。 「実は前から気になっててさ。Ωは例のがあるから別クラスだけど、αはどのクラスに何人いるのかわからないし。」 「あぁ。まぁ、山野も含めて…あ、山野はまぁいいとして。」 「トップ3の後二人だろう?」 「福木と玉井な。」 急に自分の名前が出たので、一瞬息が止まった。 そうか、僕の事を知っているのか。 「あの二人は同じクラスだったよな?」 クラスメイトの問いに山野がそうだよと答える。 僕の話を山野がしているのを聞くだけで、心臓が鼓動を早める。 「なぁ、あの二人がもしαだったら、どっちと付き合いたい?」 危うく吹き出しそうになるのをギリギリのところで飲み込んだ。 「あぁ、うーーーーーん。」 「マジ悩みするなよ!」 クラスメイトがゲラゲラと笑い出す。 「山野はどっちとならいい?α同士なら…なぁ。」 「うんうん。」 ついつい耳が研ぎ澄まされていく。 「考えたこともないし。」 「だから、今考えてみろよ。例えば玉井はぁ…ちょっと意地悪そうだよな、あいつ。」 「あぁ、それは分かる。」 ついつい僕も頷いてしまう。 さっきのようなことを玉井は時々やるんだよな。 クラスであったことを思い出していると、じゃあ、福木は?というクラスメイトの声が聞こえてきた。 びくっと体が反応する。山野の声を聞き逃さないようにと耳に全ての神経が集中していく。 「この間、一緒に仕事をしたって言ってたよな。」 クラスメイトにそんな話をしていたのか…そんな一つ一つのなんて事のない情報が嬉しい。 「あぁ。」 「でもさ、玉井は分かりやすい感じがするけれど。福木って何を考えているのかわからない感じがする。一緒にいて、何をどうしたらいいのかわからなくて、ちょっと辛そうだな。」 クラスメイト達が一斉に頷いた。 「分かる、分かる!」 「じゃあ、玉井か?」 「いやぁ、それもやっぱりやだなぁ。」 「じゃぁ、どっちがいいんだよ?」 「んーーーーー。あ、山野がいいよ、俺!」 クラスメイトの一人が叫んだ。 「あぁ!それな!!」 「俺も山野だな。」 クラスメイトの意見が一致したようだ。 しかし、この状況で山野を呼び出すのはさすがにできないなとため息をつくと、教室の中にいる山野に後ろ髪引かれながらも下駄箱に向かって歩き出した。 下駄箱について、靴を履き替えようと腰をかがもうとしたとき、パタパタとかけてくる足音が聞こえた。 その方向に顔を向けると、山野が駆け寄ってくるのが見えた。 頭がその状況に追い付かず、体が動かない。 「福木君!」 山野が僕の名前を呼ぶ。 腰をかがめたままで、自分の事を指さした。 「ぷっ!何でその恰好なんだよ?」 山野がくくくと笑っている。 「え?何で?山野君?いるの?」 頭に浮かんだ単語がそのまま口から出た。 「福木君、何言ってるの?」 そう言って、今度はゲラゲラと山野が笑い出した。 ひとしきり笑った後、山野が僕に近付いて固まりかけていた体を起こしてくれた。 「ねぇ、さっき教室の前に福木君いたよね?」 そう言って僕の顔を覗き込む。 ちょっとドキッとしながら、嘘をつくわけにもいかずに頷いた。 「ごめん。」 「何で謝るの?むしろ、僕達の方がごめん。あんな変な話をしちゃって。」 そう言うと、靴を履き替えてくるから待っててと言って再びかけていった。 僕も、靴を履き替えて待っていると、福木君と外から呼びかけられた。 玄関の扉を抜け、山野の側に走り寄る。 「福木君も電車通だよね?」 行事の時に何度か数人で帰った時の事を思い出す。 「山野君も一緒の電車だったよね?」 「うん。今日はもう何もないなら一緒に帰らない?」 山野からのまさかの誘いに大きく頷いた。 「福木君って、面白いなぁ!」 そう言うとふふふと山野が笑った。 「山野君は、よく笑うんだね。」 「あ、ごめん。気に障った?」 少し心配そうな顔で山野がきく。 勢いよくぶんぶんと首を振ると、くらっと立ち眩みがした。 大丈夫?と山野が体を支えてくれた。 触られた部分から体中に熱が拡散されていくのがわかる。 「あ、ありがとう。」 声が上ずったが、山野は気に留める様子もなく、気を付けてと言って歩き出した。 僕も山野の隣を歩く。 「あ、あのさ、さっきの話だけど…俺はαじゃないから。」 「え?」 あまりに唐突だったので、一瞬何のことだかわからずに、ポカンとした答えを返してしまった。 「福木君はαだろう?」 山野に問われ、あぁと頷く。玉井もだよと答えると、うんと山野が頷いた。 「俺は、ただのβだからさ。周りの奴はああ言ってたけれど、違うんだ。」 山野が下を向いたままで歩きながら話す。 「山野君の声がそう言っていた。」 「え?俺の声が何?」 「山野君がαじゃないってクラスの友達に言っている声が、本当にそうなんだろうなって聞こえたんだ。」 「福木君って、超能力とかもあったりする人?」 山野が少し冗談めかして言う。 「それはないと思うけれど、山野君の事だと何となく分かるんだ。」 「え?」 ちょっと驚いたような困ったような顔をされてしまった。 「あ、いや、声だけの方が本質がわかるっていうか、うん、多分それだと思う。」 変に思われたら困ると、焦ってつい力説してしまった。 はぁはぁと肩で息をつき、ふと山野を見るとこちらは肩が震えている。 「山野…くん?」 肩に触れようと手を伸ばした瞬間、山野が噴き出して笑い出した。 「本っ当に、福木君って面白いね。」 「そうかな?そんなこと山野君にしか言われた事ないよ。」 「ふーん、じゃあ俺はレア福木君を見られているって事なんだね。ちょっと嬉しいな。」 そう言ってほほ笑みかける山野を見られる僕の方が嬉しいよとはさすがに言えず、そう?なんて言葉しか返せない自分が腹立たしくなる。 「ところで、何でウチのクラスの前にいたの?」 きた。そりゃあ不思議だよな。 一緒に仕事はしたといっても、特に接点もない僕がわざわざ山野のクラスの前に行くなんて不思議以外の何物でもないよな。 「俺に用事、あった?」 どうしようかと一瞬考えたが、このチャンスを逃す手はないと思い、大きく頷いた。 「用事っていうか、今の状況がそうっていうか…。」 今度は山野がポカンとした顔をしている。 「実は、山野君と一緒に仕事をしてから、君の事が頭から離れなくて。」 「え?」 山野の足が止まる。 その顔に、明らかな狼狽の色が広がっていく。 しまった、さっきの話とリンクしていた。 そんなつもりではなかったのに、これではまるで告白をしているような状況になってしまう。 僕も足を止めて、山野に向き合う。 「いや、そうじゃなくて…」 「…俺も…って、そうじゃないって、どういうこと?」 「え?俺も?え?」 話が噛み合わない。 山野の顔が夕焼けの日に照らされてなのか、赤く染まっていく。 二人して下を向いたまましばらく何も言う事もできず、その場に立ちすくんでいた。 重い沈黙を打ち破るように僕が口を開いた。 「山野君、僕と友達になって欲しいんだ。」 山野がガバっと顔を上げると、甘いにおいが鼻をくすぐった。 瞬間、自分の中でやりたい!したい!入れたい!妊娠させたい!!そしてともかく噛みたい!!という、欲望が溢れ出した。 山野が僕の顔を見て、恐怖に怯えた表情をした。 走り出そうとする腕をぐっと掴むと、道と道の間にある細い路地に山野を連れ込む。 こんな事をしてはいけないと頭では分かっているのに、体が勝手に動いてしまう。 山野を壁にガンと押し付けると、青ざめた顔で僕を見上げた。 こんな事をしてはいけない、こんな事をしたくはない。 山野の目から涙がこぼれぐっと目を瞑るのが見えた。 「山野…逃げ…ろ!」 「え?」 山野が驚いたように目を開けた。 しかし、膝が震え体が動かないようだ。 このままでは山野にひどい事をしてしまう。それだけはイヤだ! 僕は何とか最後に残った一欠片の理性を総動員して、路地に山野を残したまま外に飛び出した。 「山…野、ごめん!」 何とかそれだけ言うと、勢いよく駅に向かって走り出した。  

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