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第2話
帰宅して数時間経つのに、あの時嗅いだ山野の甘い匂いが鼻の奥から脳をくすぐる。
あれから駅のトイレに駆け込み何とか落ち着いて帰宅はしたものの、いまだにあの時の事を思い出すだけでどうにもならない位に体が熱くなる。
自分が男に対してここまで欲情する人間だったのかと驚きもしている。
とは言っても、今まで男にも女にもこの手の感情は持った事がない。
初恋…まさか。
今日だって僕は山野にただ友達になって欲しいと言いたかっただけだし、そもそもあの匂いがするまでは山野に対してそういう感情は全くなかった。
ただ、あの匂い。
今思い出してもドクンドクンと体中が心臓になったみたいに脈を打ち始める。
立ち上がりそうになる色々なモノを深呼吸をしてなんとかやり過ごすと、今日の山野とのやり取りを思い出してみた。
山野の教室に向かう時の高揚感。
山野が僕を追いかけて下駄箱で声をかけてくれた時、一緒に帰ろうと誘われた時、駅までは行かれなかったが、帰り道での諸々…思い返してみると、いつもの自分ではないような行動や会話ばかりだった気がする。
玉井に見られでもしていたら、この先の学校生活は悲惨なものになる確信しかない。
何でだろう?
何で、あんなに山野と一緒にいられることが嬉しかったんだろう?
確かに僕の一生の友として側にいて欲しいと切望したし、あんなに楽しい時間を過ごしたのは僕の人生の中でも初めてだった。
そう、あの瞬間までは。
あの時の事を忠実に思い出す努力をしてみる。
確か、山野に用事は何かと問われ、君の事が頭から離れないと告白まがいの事を言ってしまった。
しかし、山野がそれに俺もと返してきたんだ。
そしたら、山野から甘くて官能的な香りが漂ってきて、僕は山野に対して欲情してしまい、山野を怖がらせてしまった。
しかも、あんな状態の山野を一人残してきてしまうなんてっ!
涙をこぼし、今にも膝から崩れ落ちそうになる山野をあの路地に置いてきてしまった。
あの場からともかく立ち去る事、あの時はそれが精いっぱいの僕のできる事だったけれど、山野はどうしているんだろう?
きちんと家に帰れたのだろうか?
まさか、あのままの状態で今でもあの場所にいるなんて事はさすがにないよな…。
そうは思いながらも心が不安で一杯になる。
山野に連絡を取らなければ。
一緒に仕事をした時にみんなで連絡先を交換しておいて助かった。
スマホをいじり、山野の名前を見つけるとすぐに連絡をした。
数秒のコール音がまるで永遠のように感じる。
山野、出てくれ!
願うように、祈るように耳に全神経が集中する。
「福…木…君?」
山野の声だ。
「もしもし、山野君?さっきはごめん!今どこにいるの?大丈夫?」
「分かんない。」
「え?山野君、分かんないって、なにが?ねぇ。今ってどこにいるの?」
尋常ではない答えに気持ちが焦る。
「あ…ごめん!違うんだ、そうじゃなくて…」
山野も焦ったような声で答える。
「山野君、今ってどこにいるの?」
少しゆっくり目な口調で聞いた。
「自宅。」
ほっとした。ともかく家に帰っていた。
「よかった。あのままあそこにいるんじゃないかと思って…。」
「…。」
答えが返ってこない。
「山野君?」
「…。」
呼びかけにも反応してくれない。当たり前だよな。
あんなことをして、そのうえそのまま山野を置いて帰ってきてしまったんだから。
「あのさ、ごめん。あんな事しておいて、今更連絡とったりして。ただ、どうしても山野君がどうしているか心配で。
家に帰れたって聞いて安心した。謝ったって許されないことをしてしまったって分かっているんだ。
怒って当たり前だし、口をきいてくれないのも…電話に出てくれてありがとう。明日からは無視してくれて構わないから。本当にごめん。おやすみ。」
仕方がないよな。あんなことをしてしまったんだ。許されるわけがない。
ため息と共に山野の事も吐き出してしまおう。
そう思いながら通話を終わらせようとした時、山野の声が聞こえた。
「明日も、一緒に帰りたい。」
それだけ言うと、ぷつっと通話が切れた。
僕の幻聴か?いや、確かに明日も帰りたいって、一緒に…そう言っていた。
心が騒めく。
明日の放課後に再び山野と一緒に帰れると思うだけで、心臓が早鐘を打つ。
明日、ともかく明日だ。
山野にきちんと謝って、今度こそ二人で帰ろう。
そうして、僕は明日のための準備を始めた。
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