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第16話
一十木社長は加持のことを自身よりも瞬時に理解していたらしい。「誰が見ても彼は貴方に執着してるのが丸分かりですよ」と社長なりのフォローも欠かさない。
「ですが、貴方はそれを振り切って、こちらへいらした——。私も随分と欲張りになりました……」
「ついさっき、善処すると宣言してきたばかりですが——一ノ瀬君、キスしてもいいですか?」社長はいう。
「へ?!」
「何度ご飯に行こうと、この上下関係が私の邪魔をするものですから、早く私の想いに気づいて欲しいのです」
至近距離に詰められているところに、両手で一ノ瀬の頬を包み込む。
心音がバスドラムと化して、不規則なリズムが大音量で叩き出す。
(酔、酔うとシたくなるタイプなのか……? 俺、不覚にもこのシチュエーションにすげぇ、ときめいてしまっている……最悪だ)
「もしかして、性的接触はお嫌いですか?」
まだ一十木社長の酔いが覚めない午後6時21分。眉目秀麗とも言える一十木社長からの酔っ払いにつき、唇を重ねた。
一ノ瀬は口付けられる瞬間に目を閉じた。そして、予想通り当てがわれた相手から受ける感触。——しかし、長い。長すぎる。
「口、開けてください」と社長からの催促までお達しだ。
「社、長っ……っふ、んぁ」
お達しに背くことは可能かと尋ねるつもりだったが、一十木社長はGoサインで踏み切った。「しゃ」の口をじんわり、ぱっくりと口を開けるところに一気に攻め込んで、「どうも」とだけ返される。
言葉の素っ気なさとは裏腹に、ねちっこく動く舌はさながら、粘質高めのストーカーのようだった。
銀糸が紡ぐ両方の唇は、どちらのものかも分からない唾液でテカリを見せる。だが、一ノ瀬はそれが自分にもあるのだと気づかない。
ただ、眼前のイケメンが舌舐めずりでそのテカリを拭い去る様子を、生理的に潤んだ眼で見るしか余裕がなかった。
「私、一ノ瀬君のこと、好きですよ。こういう意味で」
そういうと、一ノ瀬の半信半疑な面持ちを一掃させるかのように、また、一十木社長は唇をあてがった。「私が、酔うとキス魔になるのかとでもお思いでしょうが、残念でしたね。貴方が欲しいだけでした」。
まるで、女にされたような感覚に陥る彼の手管には、相当な経験値が窺える。そのような引く手数多なイケメン社長に、本気(?)で口説かれる新入社員、一ノ瀬音也は再度与えられるディープな絡みに翻弄され続けた。
ニタリ、一十木社長は息も絶え絶えになる一ノ瀬にいった。「ご飯を食べに行くのは辛いでしょう。私の家に来てください。是非、御馳走しますよ」。
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