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彼の見た目は、エルム・バルトに似ていた。背格好も、目鼻立ちも、抜けるように白い肌も。だが、少年はエルムとはまるで対照的な雰囲気をしている。
まず、髪と目の色がちがう。
エルムが金髪碧眼と貴族の特徴を持ち、華やかな見目をしているのに対し、少年は黒い髪に紫色の目という地味な風体だ。そして、目付きがちがう。険しく近寄りがたい双眸のエルムに対し、その少年はいかにも自信がなさそうな物悲しい目つきをしている。
黒髪の少年は両目を固くつむり、心の中で呟いた。
それは彼がこの部屋へとやって来てから、もう何十回とくり返した願いだった。
(成功しますように……失敗しませんように)
一心に祈り続ける少年は気づいていなかった。
「……セシル」
先程から教師の1人が自分の名を何度も呼んでいたということに。
「セシル・バルト!」
「は……はい」
強い口調で呼ばれ、少年は背筋を伸ばした。
黒髪の少年――セシルはぎこちない動きで、魔法陣へと歩み寄る。
すると、打って変わって、嘲笑が彼を取り巻いた。
「セシル・バルト……何を呼び出す気だ?」
「いや、そもそも召喚が成功しないだろ。失敗ばかりの落ちこぼれ。『能無し』のセシル」
次々と少年を貶める言葉が飛んでくるが、セシルはそれを聞き流した。馬鹿にされることにはもう慣れてしまった。ああいった言葉にいちいち反応していてはキリがない。
それより今は集中することだ、とセシルは思った。
(魔術師と妖魔 は、一心同体……魔術師には必ず1体の妖魔がつく。召喚に失敗した魔術師なんて、聞いたことがない)
だから、今回だけは失敗は許されない。いつものように失敗することだけはあってはならない。
セシルは大きく息をついて、ざわつく心臓を落ち着かせた。
覚悟を決めて、片手を伸ばす。
「≪天上に住まう・神々に仕えし妖魔 よ・古き盟約に従い・我がしもべとなり・ここに現せ≫」
緊張で固くなった声が呪文を唱えると。
魔法陣の円周に光が灯った。虹色の光が少年を取り巻く。セシルは固唾を飲んで、行方を見守った。
静寂が辺りを包みこむ。何も変化が起こらない。円に宿った光が、時間を巻き戻すかのように消滅し始めた。少年の面持ちが崩れ、絶望へと変わっていく。
その直後だった。
収束していくかに見えた光。突然、ぴたりと止まる。
次の瞬間、光の奔流があふれた。先程とは比べようもないほど、爆発的に辺りを覆った。
「え……?」
呪文を唱えた本人さえも唖然とする中。
光の中から大きな影が飛びこんで来た。
「わっ」
視界が回る。少年は後ろへと転倒し、後頭部を打ち付けた。
困惑しながら目線を上げると。
セシルを覗きこんでいるのは、お月様のように輝く金色の双眸だった。ぴんと立った両耳に、精悍な獣の面立ち。
(せ……成功したのか……?)
セシルは大きな狼に押し倒されていた。狼が後ずさり少年の前に座ると、セシルは上半身を起こした。
周囲の視線はその獣に釘付けとなる。
全身が白銀色の毛並みに覆われた狼だ。両の目は金色で、肉食獣特有の鋭さと危うさを秘めている。美しい――先程、エルムが呼び出した水竜に負けず劣らず、美しい獣だった。
首には、鎖でできた首輪のようなものがかけられている。
教師たちは怪訝な表情を浮かべた。
「これは……?」
「はて……見たことのない妖魔 ですな」
「姿は【ダイアウルフ】に似ていますが……色合いが妙な……。とはいえ」
教師の1人が堪えきれずといった様子で、ため息を吐き出した。それは呆れが含まれた嘆息だった。
学生が大きな声で告げる。
「なーんだ、『ビースト』じゃねえか!」
その声を皮切りに、一同はざわめき出す。
「いまどき、知能の低い『獣』を召喚する奴なんているんだな」
「あれでよくバルト家を名乗れるわよね」
「兄貴が『ドラゴン』で、その弟が『ビースト』か……よくここで差がついたもんさ」
「さすがだわ……『能無し』セシル」
エルムの時と同じく、「さすが」という声が何度か上がる。
だが、エルムの時とちがうのは、それを口にする彼らの顔と声。馬鹿にし、嘲る響きがまざまざと含まれている。
今度ばかりは聞き流すこともできず、セシルはかっと頬を染めた。
妖魔 は見た目によって、力の強さが異なっている。もっとも強い妖魔は『ドラゴン』。反対に最弱と言われているのは『ビースト』。
まさにセシルが召喚した獣型の妖魔だ。
(こんなところでも、兄さんと差が出るなんて……)
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