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第8話・生け贄は蜜に溺れる(後編)
唇を引き結び、やがて姿を見せるだろう、付喪神に目を向けた。
「すまない。日に日に痩せ細っておるのは知っていた。私がお主を苦しめたからであろう」
付喪神はそう言うと、静かに姿を現した。
腰の下あたりまである髪は白銀だ。
紺の狩り衣を纏う身体は細いが、なかなかの美丈夫で長い睫毛に縁取られた新緑の目が印象的な、美しい双眸をしていた。
「あな、たは……?」
彼は本当に付喪神だろうか。
菊生は目を疑った。
だってどう見ても普通の人間――いや、美しい男の姿をしている。
あの醜い触手を幾本も持つ者と同じものだとは信じ難い。
「お主はもう知っておろう。私は付喪神。ここではそう呼ばれておる」
「えっ? でも触手が……」
「あれは、この村の者の邪気のせいだ。あれを食らいすぎて惨たらしい身体になってしもうた」
「じゃあ、今はどうしてその姿に?」
「お前の精液に触れたからであろう。私はお前の清らかさに救われた……」
ふいに付喪神に手を伸ばされ、菊生は床に腰を引きずり、反射的に逃げた。
「あ、厭……」
「厭、か」
付喪神は呟き、苦笑を漏らした。
「もう良い。お前を解放してやろう。どこぞ好きなところへ行け」
そう言うと、付喪神はあぐらを掻き、床に座した。
「だけどそれじゃあ、村のみんなが!!」
「もう祟りはせん。気が変わらぬうちに早う行け!!」
顎に手の甲で支え、彼が言う。
このままここに居ると自分はおかしくなってしまう。
快楽ばかりを求めるただの淫らな鬼として棲むことになるだろう。
――厭だ。
(自由になりたい!!)
菊生は急ぎ、その場を走った。
必死になって社を抜ける。
砂利道を駆け、付喪神から逃れようとひたすら地を蹴る。
しかし、なぜ今になって彼は自分を手放そうと思ったのだろう。
何かがおかしい。
そう思ったのは、付喪神の呼吸が少し乱れていた気がしたからだ。
そういえば、うっすらと額に汗を浮かべてはいなかっただろうか。
それに、慰めてくれたあの手は誰のものだっただろう――。
(まさか!)
そこで気がついたのは、泣いている自分を慰めてくれたのは付喪神だったのかもしれないということだ。
――そう、あの社には主人の付喪神と巫女の姿しか見ていない。
快楽と羞恥の狭間で悩み苦しんでいた時、頭を撫でて優しく包み込んでくれたのは彼しかいないのだ。
「――っつ!!」
そう思った時、菊生の足は踵きびすを返し、来た道を戻っていた。
拝殿に戻れば、そこには玉のような汗を浮かべて蹲る付喪神がいた。
荒々しい呼吸を繰り返しているではないか。
「何をしに戻った」
付喪神は、戻って来た苦しそうな呼吸の合間に尋ねる。
「ねぇ、貴方だったんでしょう? 俺を抱き締めてくれたの!」
菊生は彼の身体を起こし、支えると、一挙一動も見逃さないよう、表情を窺った。
「それがどうした……」
「嬉しかったから……」
「菊生……」
「ねぇ、どうしてそんなに苦しそうなの?」
「私はまだ本調子ではない。清らかな生気を貰わねばこのまま朽ち果てるであろうな」
「そんな……だったら俺を」
「もう良い。俺はもう、愛おしいお前を傷つけとうない」
(――えっ?)
菊生は自分の耳を疑った。
まさか付喪神本人の口からそのような言葉が返ってくるとは思わなかったからだ。
「惚れた弱み、というやつか。お前の清らかな心に触れる度、可愛く思えて仕方がなかった。気がつけばお前に心が傾いていった……」
……ドクン。
大きく高鳴った。
「私に抱かれるのは厭であろう? だからもう……」
付喪神が言った直後だ。
(俺は――……!)
菊生はたくましい胸板を押した。
すっかり挿入されることに慣れた後孔は、菊生が自ら指を突っ込めば開いていく。
菊生は付喪神に有無を言わさず、彼の一物を取り出し、騎乗位のまま強引に腰を下ろした。
「あっ、ああっ!!」
触手だったそれとは違う熱い肉棒に貫かれ、菊生の腰が揺れる。
「やっ、おっき……っひぃんっ」
抽挿を繰り返せば、付喪神はくぐもった声を上げた。
骨張った手が華奢な腰を支え、上下に揺らす。
彼の亀頭が肉壁を掻き分け、凝りを擦る。
「っは、ああんっ!」
執拗に繰り返されるその行為に、菊生は純粋に身を委ねる。
薄い唇にしゃぶり付けば、彼も菊生の接吻に応えてくれた。
「んっ、っふ、うう……」
菊生は頬を上気させ、彼の薄い唇へと舌を忍ばせた。
すると付喪神もまた舌を伸ばし、菊生の舌を貪る。
口角を変えて舌を絡め合う。
深い接吻に身を投じながら、菊生は屹立を先走りで濡らしながら、淫らに腰を振り続ける。
「あんっ、あな、たに、貫かれるの、好き、この肉棒をずっと挿し込んでてぇえっ!」
欲望のまま口にすれば、さらに抽挿は激しくなる。
「あん、あんっ!」
(どうしよう。気持ちが悦い!)
どんなに抗っても身体はすっかり触手に魅了されていた。
この胸も、孔も、すべてが快楽を求めている。
きっと彼と離れていても、それ以上の快楽なんて得られないことも、もう知ってしまっていた。
愛されていると知れば、堕ちていくしかない。
これ以上の快楽は付喪神でしか得られる筈がないのだから――。
「おれを狂わせて……乳首、吸って……」
菊生は大きく腰を振って付喪神の肉棒を尻孔に深く埋める。
菊生の望みに応えるために、付喪神は唇を這わせて乳首を吸い上げる。
もう片方の手で摘んで引っ張った。
同時に肉棒を咥えている尻孔が強く締まる。
彼の肉棒は触手よりもずっと太く、熱い。
「き、もち……い。悦い!! あ、あああっ!」
菊生は付喪神の膝の上でひたすらに喘いだ。
あれから菊生は付喪神にたっぷり精を注がれ、淫らに鳴き続けた。
おかげで喉はひりつくし、声は掠かすれている。
「……もういいよ、こんなに食べられないから」
菊生は今、付喪神があぐらを掻いた膝の上に座らされ、お粥を食べさせられている。
どうやら彼は根っからの世話好きのようだ。
菊生がどんなに自分で食べると言い張っても、レンゲを渡してくれようとしない。
「そうは言うが、ここへ来てからろくに食べてないだろう」
綺麗な顔が台無しだ。彼の眉間に皺が寄っている。
「でも俺、小さい頃から小食だったから……」
「だからだろう? 年頃よりもずっと背が低いのは!!」
言い訳として使ったものは、しかし付喪神にとっては菊生にご飯を食べさせる良い材料になるばかりだった。
背が低いことを諭されると、男として傷つくのは当然だ。
しかし、道理は合っているから言い返すことができない。
そこで菊生は話を逸らすことにした。
「ねぇ、ここでは貴方の名前は『付喪神』だって言ったよね? 他にどういう名前があるの?」
彼の名前が付喪神などと、そんな愛称で呼ぶのは何か気にくわない。
他の名があるのならその名で呼びたいと、菊生は思った。
「縁 」
話を逸らされ、無愛想に言う彼は本当に神だろうか。
自分と同じ人間ではないのかと疑ってしまう。
だが、その名前を菊生は大いに気に入った。
付喪神なんかよりもずっと素敵だ。
「縁……俺、そっちの呼び方で呼んでも良い?」
「構わない」
菊生が尋ねると、彼は頷いた。
「……えにし」
そっと唇に乗せて呼べば、顎を掬われる。
「っふ……」
縁の薄い唇が落ちてくる。
「お前が逃げるまで、たっぷり可愛がってやろう」
「もう逃げない」
挑戦的な目で縁を見ると、彼の薄い唇が弧を描いた。
「ならば、私の子を宿してみるか?」
「……そうしたら、ずっと一緒だね」
菊生の身体が傾く。
縁の腕に閉じ込められた。
「可愛いことを言うな。もっと欲してしまうだろう」
菊生の懐に骨張った手が忍び込む。
ツンと尖った乳首に触れた。
「もっとして……中を掻き乱されるのも、あの触手で亀頭の中、責められるのも、全部好き……」
「なんとも卑猥で美しい嫁だな……」
「っん……」
痺れるような疼きが、触れられた乳首から全身へと駆け抜ける。
菊生の腰が跳ねた。
「っふ、ん。もっと愛して……」
菊生は艶やかな銀の髪に指を差し込み、接吻の続きを強請った。
END
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