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ゴミ、好みの男と出会う。
幼稚園に向かう車内では、テディが心配そうに春太を見ていた。
「はるちゃん、口内炎まだ痛いの?」
「……っん」
苦笑いをうかべると、自分の事のようにテディが顔を顰める。
テディは感情の起伏が薄いが、それでも誰かを思い心を痛める優しい子だ。根は愛情深い子なのだろう。安心させるために、春太は笑った。
「らいろーふ」
全く大丈夫じゃない喋り方だった。
ルークに噛まれた舌は二日が経っても治らない。じくじくと痛みを訴える。余計なことに、あの夜の口づけもだ。
ルークが帰ってくると、無言でノートをつき出す。
喋りたくても痛くて喋れない。大好きなカレーも食べれず、食事もほとんど摂っていない。
心の中で不満を口にすると、ぞんざいにノートを奪われた。
今日あったことを見て、ルークが何かを書く。テディに見せる前に、春太はそれを確認する。とんでもないことを書かれたら堪らない。
「ん」
オーケーだと丸を作ると、紫の瞳が細められた。それがどんな意味を持っていたのかは分からない。
要は済んだと春太が寝室に戻ろうとすると引き止められる。
「今週の日曜に人が尋ねてくる。土日は休みとしているが、休日手当を出すから客人の相手をしろ」
「……ん」
こくんと頷くと春太は寝室に戻った。
ベッドに潜り込みながら、ルークは真面目だなあと思う。
交換日記に書くメッセージについてもそうだが、破格な給料を出しているのだから、有耶無耶にしたらいいのだ。
それなのに、律儀にも確認をとる。相変わらず命令口調ではあったが。
土日が休みと言っても、一人でいることに怯える春太は、常にテディと居る。平日だろうと休日だろうと、ルークはこの家に殆ど居ない。だからいつも、テディと二人きりだ。
週末にやってくる客人とは一体誰なのだろう。この家に誰かが来るのは初めてだった。
まあ、自分には関係の無いことか。そう思っていた春太ではあったが、日曜の昼に訪れた客人を見て呆然とした。
「よお。初めまして、だよな? 俺は虎牙《たいが》だ」
「……春太でふ」
わかりやすく顔を赤く染めて、春太は自己紹介した。自分が今、噛んだことにも気づかずに、ぽーっと虎牙を見る。
「ん?」
薄茶色の髪を前髪だけツンツン立たせて、やんちゃそうな猫目が心を擽る。輝かんばかりの笑顔は、えくぼができて、少年のようだ。
全てが春太の好みだ。ドストレートである。
「……おい」
胸をときめかせていると、ルークが声をかけてくる。名残惜しげに振り返ると、春太の主は不機嫌そうに腕を組んでいた。
「挨拶が済んだのなら退け」
不遜な言い方に、虎牙は相変わらずだな〜と笑う。
「なんだよ。珍しく一人の人間を家に置いてるって言うから恋人かと思ったぜ」
「恋人? くだらない」
ルークはからかいに動じることなく一蹴した。
「あの、虎牙さんも吸血鬼なんですか?」
春太を人間と分けたことで察した。虎牙は振り向くと、人好きのする笑顔を浮かべて首を振る。
「悪ぃ。人間って言われたら嫌だよな。まあ俺は、人間でも吸血鬼でもねーんだけどさ」
「ハーフ?」
「まあ、そんな感じ。吸血鬼は血が薄まるのを嫌うからな。限りなく吸血鬼に近いが、紛い物は本物にはなれねーじゃん?」
語られる情報は初めて耳にするものだった。血にこだわるのなら、純血であるルークは吸血鬼としても、とても位が高いのだろう。
「話は中でしろ」
ルークの台詞でようやく、玄関先で立ち話をしていたと気づいた。
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