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【15b】英雄願望

異世界から来た人間だからといって、非常識な態度は困る。 各国、それぞれが異世界から来た人間が、この世界に適応する手助けをしたりしなかったりする。 異世界から来た人間について、国際的な取り決めがあるわけではない。 勇者ではない人間を世話する必要がないと考える国もある。 ただ、あとから現れた勇者が同郷の人間を虐げた国を救うはずがない。問題がない人格なのか調査する必要もあるので、国として放置はできない存在だ。 彼、沢名は数年前にアリリオさまにあごを破壊されて、他国で療養していると聞いた。何度か手紙のやりとりはあったが、結婚してからは途絶えていた。 久しぶりに顔を合わせたというのに馬車を見渡して「意外と壊れてねえな。よかった」という、一言。 「よくねえ、死ね」 「久しぶりのあいさつがそれって、悲しすぎる」 「貴様の頭の出来ほどじゃない」 このセリフは俺がアリリオさまに言われたものだ。 いつか誰かに言いたかったセリフの十位だった。 アリリオさまの言葉の切り返しは秀逸なのか、沢名は黙り込む。 割れたガラスを外に蹴りだし、床の安全を確認するように手で払ってから、土下座した。 「謝れば済むことなんか、この世に少ないって教えただろ」 「謝らなかったら怒るだろ」 「あたりまえだ」 「怒られるのって悲しくなる」 沢名は価値観が独特というより、語彙力がない。 今まで周囲が高い教養と親切心で、沢名の言わんとすることを読み取って接してきたのが、うかがえる。 出会った当初は、ヤバいしか言わないヤバい奴だった。 ニュアンスで分かれと平気で言ってくる。 初対面の相手に数十年の付き合いの友人として接してくれと無茶を言い出すヤバい奴だった。 勇者語録にある距離なしだと判断して、俺は親身になったサポートなどしなかった。優しくすれば、他の人間と話せなくなってしまう。 沢名の通訳係で一生を終えるつもりなどない。 異世界から来た人間と話をする栄誉より、俺は俺として生きることを選んだ。沢名から得られる情報は多いかもしれないが、俺の時間は俺のものだ。沢名に使うか決めるのも俺自身であるべきだ。 「おれたち、親友じゃん? 助けてくれるよな?」 「親友ではないが、友達のつもりではいる。助けるかどうかは、沢名次第だな。きみにとって、友達っていうのは都合のいい相手か?」 沢名は悪人ではないが、異世界に来てテンションが上がっている痛々しい人間だ。 魔法や魔術などが基本的には禁止されている、我が国だからこそ、抑え込めていた、救世主妄想の人間だ。 勇者語録にあるが、異世界ではメサイアコンプレックスという「自分は世界を救う人間である」という妄想を事実だと思い込む若者が一定数いるという。 英雄願望という言い方もするらしい。 異世界から来た人間が勇者でもないのに勇者を詐称するのは、悪気があるのではなく本気で自分が勇者だと思い込んだ結果だという。 沢名にもその気配があるので俺は、勇者がどういうものであるのか、この世界の基本などを観光しながら教えた。 そこそこキツイ言葉を使って俺に依存せず、この世界と接してもらうよう努力した。 好感度のパラメーターなど見れない俺は、失敗したかもしれない。 「まずは、これを見てくれ」 露出狂でしかないセリフを言って、コートの前を広げる沢名。 目を背けようとしたが、小さな声を聞きとって動くのをやめた。 沢名の体にくくりつけられていたのは少女だ。 三歳ほどに見えるが、発育不良な十歳前後の可能性も否定できない。 少女の瞳は宝石をはめ込んだように輝いていた。 「魔石眼か……」 「知っているのか、雷電」 「雷電って誰だよ」 「俺も知らない。物知り博士を見つけたら口にするべき合いの手だ」 爆発を見たら、たまやと叫ぶ感じだろうか。 異世界の風習について聞きたくなるが、今はそれどころではない。 馬車が斜めに傾いた。 というより、飛んでいる。 「きゃー、おもちかえりぃー」 「沢名。どうして、きみは竜と一緒にいる?」 「それはおれの責任じゃないし、話すと長い……わけでもねえんだけど、とりあえず聞いてもらいたいのは、おれのせいじゃないんだ」 最初に謝っておきながら、自己弁護がやかましい。 英雄願望が強い反面、保身や予防線の張り方がえげつない。 「林檎ちゃん、信じてねえだろ。この人さらいって思ってる!」 俺の名前を呼んでアリリオさまに蹴り飛ばされてから、沢名に勝手なあだ名をつけられた。 ちゃんづけではなく、さんづけにして欲しい。さまでもいい。 「林檎ちゃんの国の王太子? ってのが、今日の朝になって、急にこっちの方向をドラちゃんで飛ぶといいって。俺はそれに従っただけで! 林檎ちゃんに会いたかったし、アリリオに礼を言いたいと思ってたけど、こんなことになるなんて――」 「言いたいことは腐るほどあるが、アリリオさまを呼び捨てにしてんじゃねえよ。さまをつけろよ」 「リリちゃん?」 俺の怒りを察したのか、空気を読んだ少女が沢名の喉を手でついた。 沢名は「殺人拳法の使い手」と楽しそうな顔をして悶えた。 事情は少女から聞く方が早いだろう。 沢名は「きみは悪くないよ。大変だったね」とか言わないと説明をする気がない。孤児院に保護されたばかりの子供のように接すると秒で落ちるが、ストーカー行為を働くので土下座させて踏みつけることで好感度を落とした。 暴力は苦手だが、自分の未来のために頑張った。 「きみのことを教えてくれる?」 「あの、わたし、わたしたちは、殺されるんですか?」 「魔石眼について、どれぐらい知っているのかな」 少女の言葉はたどたどしかったが、沢名から聞くより早いだろう。話はとりとめがなかったが、大体理解できた。 ただ、竜の行動は意味不明だ。 少女の話の中に竜はまったく出てこない。 「ドラちゃんは、林檎ちゃんと交尾したいんだって。それで、勢い余って馬車に飛びかかって……あ! これってドラゴンカーセッ」 よく分からないが少女を前にして不適切なことを言いだしている気がしたので、クッションを投げる。 「キラキラちゃんに当たるじゃないかぁー」 「その子を抱いて、よく頭を下げたな」 「偉いだろ」 「かわいそうに……。苦しかったな」 少女に向けた言葉だが、沢名が「ほんとうだよぉ」と返事をする。 気が狂っている。

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