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【14b】迷惑配達人
頭を馬車の内壁に打ち付けても幸いなことに俺にダメージはない。
外出時には、いつでもどこでも便利ペンを身に着けているからだ。
服の中に入れているので目立たない。
一見すると安物のクリスタルのネックレスだが、勇者が作った最高の便利ペンだ。
所有者を守ってくれるので、落石に巻き込まれたり、爆発に巻き込まれても無傷でいられる。
もちろん、アリリオさまが掘り起こしてくれたり、火を消してくれたりしているので、怪我がなかったと言える。
即死の一撃は俺には利かない。
だからこそ、毒を盛られたのだろう。
今までアリリオさまが俺を助けに来てくれたのか、本当に偶然なのかばかり気にして、自分のピンチについて考えなかった。
命を狙われていると無意識に自覚したくなかったのか、犯人がアリリオさまだと考えたくなる自分が嫌だったのか。
俺は思った以上に見逃してきたものが多い。
馬車の中には俺一人だったが、護衛兼雑用係としてリーとライが来てくれていた。彼女たち二人は俺専用の侍女になったので、王城に着いてきてくれるのは当然だ。
体格のいい二人は馬車には乗らず馬に乗っていた。
馬車を挟み込む形で前後に居てくれた彼女たちの声が聞こえる。
何と言っているかは分からないが、戦闘の気配があるので、馬車から出るのはよくない。動くと彼女たちの邪魔をしてしまう。
御者から反応がない。先程の衝撃で馬車は横転している。
外で馬を操ってくれていた御者のことを考えると気分が暗くなる。
馬車の内部は、公爵家特注品なので、長時間の移動に耐えられる座り心地のいいソファだ。俺の部屋着と同じ手触りなので、ソファに張ってある革は魔獣のものだ。
敵襲があったらソファから取り外して、羽織っているように言われた。留め具を外せば長方形の布が手に入る。
魔獣の皮は、暑さや寒さを防いでくれて、刃物も通さないらしい。
大抵の攻撃は便利ペンが防いでくれるが、温度の調節は範囲外。
横転している馬車の中で、ソファを留め具を探しすのは大変だ。
馬車の中は蛍光塗料が塗られているので、窓の外が暗くなっていても、ふんわり明るい。
「……んっ、かたい」
実家で、ジャムの瓶を開けられずに困っていたことを思い出す。
水筒のふたが開かないときは、アリリオさまに渡していた。
半分近く中身を飲まれるときもあるが「貴様は本当にひ弱だな」と言いながら水筒を開けてくれる。
水筒を突っ返されたことも、水筒を締められて返されたこともない。
アリリオさまが、人としてどうなのかと頭が痛くなる発言をしたとしても、ちょっとした優しさが嫌いではない。というより、好きなのだ。
水筒の中身がどれだけ入っているのか調べるために俺の頭の上で逆さまにしたことを思い出さなければ、格好良くて素敵だと褒め続けたい。水筒をひっくり返したのも、お茶目かもしれない。
いいや、それとこれとは別だ。
何でもかんでも許していいわけじゃない。
好奇心という魔物に憑りつかれても、人は理性の名のもとに抗える。
人間は本能だけで生きるにあらず。
ソファの革を剥ぐと懐かしい俺の旅行カバンがあった。
アリリオさまに捨てたと言われて、本気でへこんだが、あの発言は冗談だったのか、捨てたようなものだという意味なのか。
元々、収納スペースだったわけではない。
ソファの革を外したら、クッション部分が外れ、その下に隠されているものに気づくようになっている。
馬車が横転しているので、クッションと共に俺の旅行カバンが転がってきた。
かわいそうにガラスまみれになってしまった。
丈夫なのでガラスで破けたりしない。
勇者が重い荷物を軽く持つために作った魔法のカバンだ。
防水、防炎、防刃、防カビなど、薄汚い布のカバンに見えて、便利機能が満載だ。
よく考えると魔獣の皮の売り文句と似ている。
カバンの中を見ると俺がそろえた七つ道具が健在だ。
旅のお供の七つ道具と言いつつ十以上のアーティファクトが、カバンの中に入っている。水筒を初めとして、便利なものが詰まっている。アリリオさまからの見慣れない小包がある。
包装を解く前に状況が変わった。
横転していた馬車が正常に戻ろうとしていた。
それはありがたいが、一声欲しい。
ガラスまみれになるところだ。
魔獣の皮を頭から被って、ソファの残骸につかまる。
リーとライの声を期待したが、聞こえたのは男の声だ。
リーの声も低いが、聞き間違えたりしない。
異能によって、俺は男女の声を聞き分けられる。
「こんなつもりじゃなかったんだ」
そんな声と共に馬車の扉が外される。
ぐるるぅぅと化け物の腹の音のような異音がするが、俺はこれが喉が鳴っている音だと知っている。
アリリオさまが威嚇されていると戦闘態勢に入って、面白かったので覚えている。
この声は、竜だ。
「違うんだ、ホント、怒らないで聞いてくれ」
「てめーみたいなのを迷惑配達人って言うんだろ」
馬車の中に入ってきた見覚えのある黒い髪の男。
異世界からやってきた人間だ。
勇者ではないが、エビータの管轄だということで、俺が接待係をしていた。
今は昔の婚約時代の話だ。
この世界の常識を叩きこんだつもりだったが、失敗したらしい。
アリリオさまにあごの骨を砕かれたので、俺が教えたことなど吹き飛んだのかもしれない。
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