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【13b】不穏なことは片付けたい

もっと直接的な言い方をするなら、俺が殺したのかもしれない。 これは俺が操られて手を下した可能性もあるし、エビータの所在が割れた理由が俺だという意味だ。 俺の体を使って、死霊使いが一族を根絶やしにするのは不可能ではない。 安産の異能を持つエビータは各地に嫁いでいる。 嫁いだエビータの情報は、調べようと思えばどこに居るのか、いくらでも調べられるが、断定するのは難しい。 エビータに危害がおよぶとそれぞれの国の情報網に引っかかる。 国の要人のもとにエビータは嫁いでいるし、エビータが産む子供が次代の国を支える人材になる。 場所によっては、エビータは国母だ。 エビータが殺害されている情報を知れば、みんな隠れるだろう。 黒髪狩りはエビータをあぶり出すための罠の一つだろう。 俺も含めて、エビータは大体、黒髪だ。 瞳の色は、こげ茶や赤茶色が多い。 俺以外のエビータが死ぬ状況など、俺自身が関わっている以外にない。 エビータとエビータではない人間を見分けることは普通なら出来ない。安産の異能を持っていても、エビータの見た目に特徴はない。 この国では、貴族の四割ほどが黒髪で、平民にも見られる色だ。 あえて言えばエビータの女性は、気が強そうな顔つきかもしれない。それだって、会話した場合の雰囲気も込みだ。 人波の中で発見できるわけじゃない。 俺は眠そうとか鈍そうとか笑い顔や困り顔と言われるので、一族の女性たちと種類が違う。 俺がエビータだと知っていても、俺を参考にして親族を見つけることは困難だ。 だが俺が死霊使いに好きに使われていたなら、不可能は可能になる。俺の異能によって、エビータを見つけられる。 正確に言えば、見分けられる。 一族みんなの顔を覚えていなくても、探しだせる。 お腹にある命が俺とアリリオさまに繋がっているのを感じる。 俺は人と人との血縁関係を感じ取ることが出来る。 これは安産の異能の副産物のような俺だけの異能だ。 他のエビータは、妊娠が安全に行えたり、男女を判別できるだけ。 人によっては、目視した男性が妊娠に適した精子を持っているかどうかも分かる。精力調査ができる人も居た。 俺は不能かどうかは分かるが、精力診断は出来ない。 興味がないからだ。アリリオさま以外と行為をするつもりがないので、他人の性欲の大小など知りたくない。 アリリオさまが絶倫だというのは経験で知っているが、事前情報はなかった。知っていたら初夜は逃げていた。 月明かりに照らされた美しい花のようなアリリオさまがスケベなのは、えっちすぎる。無駄に緊張してしまう。 だからこそ、俺はそういったことが判別できない。 異能によって精神が疲弊するのは三流だ。 自分にとって必要な力が使えているのが、一流と言える。 俺の中で王子殿下やアリリオさまの亡くなった兄弟への評価が低いのは、申し訳ないことだが、仕方がない。 自分の手に余る力を持っている人間は勘違いすることが多い。 自分が無能だと認めたくないせいで、人を見下す。 第二王子のことを思い出して、息を吐きだす。 彼は視野が狭いし、アリリオさまへの嫉妬が酷い。 アリリオさまの大活躍が羨ましくて仕方がないのに体を鍛えたり、外に出ようとはしない。 悪夢を見た、今なら分かるが第二王子は未来が怖いのだろう。 彼は自分が視たことのない光景を恐ろしいと思っている。 不作法だが、アリリオさまの袖を引っ張る。 「どこかで会ったら第二王子にケンカを売ろうと思います」 「アレにもそういう経験が必要だろうな」 止めるどころか、やりたいようにやれと送り出される。 意外に感じるが、今までもアリリオさまは、こういった態度だったかもしれない。 俺は冷たく突き放されている気がした。 力を貸して欲しいわけでも、守って欲しいわけでも、庇って欲しいわけでもないが、無関心だと言われると酷く悲しい。 アリリオさまは俺のすることに関心がないわけではない。 信じているから、好きなようにしていいと言ってくれる。 今まで感じなかった心強さがある。 自由という言葉に感じる不自由さが、時に俺を追い詰めることがある。 どうでもいいと言われて放っておかれる虚しさがあった。 親戚のお姉ちゃんであるしーちゃんを思い出す。 『何も教えないで何をしてもいいと言われても困るに決まっている』 彼女は俺の不安を吹き飛ばすために知識は大切だと教えてくれた。 その通りだった。 アリリオさまをよく知った後なら、その言動に威圧感や冷たさや恐怖を感じたりしない。 「旅行って、できます?」 「父に言ってみればいい。私程度に動ける人間を用意しておけと」 「百人ぐらい居れば?」 一見すると断り文句だが、事実、アリリオさま一人でこの国の騎士百人分だ。 魔獣討伐に関しては、それ以上かもしれない。 千人でも万人でも打ち滅ぼすことが出来ない魔獣をほぼ一人で討伐するのがアリリオさまだ。英雄は、仕事しすぎ。 「仲のいい親戚のお姉ちゃんのところに顔を出したくて」 結婚して少ししてから、しーちゃんが訪ねてきたことがある。 アリリオさまと上手くいっていないことを隠して、笑ってしまった。 つらいと言ったら家出しようと断りにくい誘いをされそうだったから、夫婦仲は良好だと勘違いさせた。 「頻繁に手紙を送ってくる――」 「チェックしてるんでしたね。そうです、その人です」 俺が半眼になると「ブサイクな顔だな」と鼻で笑われる。 愛はスゴイ。見下されているとしか思えないのに「かわいい」と言われている気がした。 冷たい気配がなく、瞳の情熱が俺の心を熱くする。 「見つめすぎだ」 「照れすぎでは?」 俺に「口が減らないな」と呆れたように息を吐きだす姿すら、アリリオさまは完璧に格好いい。 今の俺を、幸せな結婚をしたという俺を、しーちゃんに見てもらいたい。 そのためにも悪夢にかかわる不穏なことは片付けたい。 離れるのが名残惜しかったが、それぞれ顔を洗って、着替えた。 汚れたシーツが足元に丸まって落ちている。 使用人たちに噂されるだろうが、それでいい。 貴族はそういうものだ。全然恥ずかしくなんかない。 平気な顔をして朝食を食べさせられ、馬車に乗せられて、送り出された。アリリオさまは、馬車が見えなくなるまで門の前に立っていた。玄関ではなく、門なのが憎い。 馬車の俺に玄関から門までの間、馬に乗って着いてきてくれたのだ。少しでも俺を見ていたいという、胸焼けするメッセージに身悶える。今まで、俺が外出するのは事後報告。 帰ってきたら、伝えるのが遅いと怒られたりしていた。 出掛けるなと言われることもあるので、俺が家を出てから使用人がアリリオさまに伝えるよう公爵家に手紙を出すという面倒なことをしていた。 俺が居なくても、誘拐ではないと伝えなければならないが、出かけるタイミングで揉めるのは嫌だった。 よく考えると失礼なことをしていた。 自分の心の安寧のためにアリリオさまの心を乱していた。 今日は朝食もアリリオさまの手から食べるという、非常に時間のかかる食事の仕方だが、それだけ一緒に居られるということでもあった。 子供の喉奥にスプーンを突っ込むような父親にならないよう、力加減を覚えてもらうのだ。 練習だと言い訳しても、優しさに蕩けてしまう。 幸せだった俺は、轟音と共に馬車が激しく振動して、頭を強めに打ちつけた。勇者語録にあったシートベルトというものは、馬車にも必要なのかもしれない。 安全第一。安全大事。

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