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第2話

 ――ああ、またか。  学校について下駄箱を開けてれば、見慣れた光景が飛びこんで来る。  上履きがぐっしょりと濡れて、異臭を放っている。靴の中につめこまれているのはゴミだった。  くすくすと誰かの忍び笑いが聞こえる。視線を漂わせると、周りにいた人間はさっと俺から顔を背けた。  嫌がらせがこうも毎日続くと、反応する気にもなれない。俺は努めて冷静に上履きを手に取った。  水道で綺麗に洗い流して、乾かしておくとして、今日のところは体育館履きで過ごすことにしよう。  廊下を歩く俺に、刺すような視線が注がれている。にやにや笑う奴、こそこそと友達同士で耳打ちをする奴。でも、俺がそちらへと視線を向けると、引きつった表情に変わり、慌てて顔を背ける。俺と目を合わせるのが嫌なのだろう。  気にするな、と自分に言い聞かせて、俺は教室へと向かった。  2年B組。教室の扉を開けると、真っ先に耳に飛びこんでくるのが1人の男の声だった。爽やかな笑い声。クラスの中心がそこにあるのだと、声を聞いただけでわかる。  一際目を引く容姿の男が窓際に立っている。背が高く、体格に優れ、顔立ちも整っている。誰が見ても一目でわかる。彼はアルファ性だと。  それは教室にいる生徒たちの立ち位置からも窺えることだった。彼が中心にいることで、このクラスの関係図は出来上がっている。男子も女子も彼を囲い、また彼のそばに近づけない者は遠くから熱い視線を送っている。  榊原天音(さかきばらあまね)。正真正銘のアルファ様だ。  見たくないのに無意識のうちに俺もそいつに視線を送ってしまう。天音が顔を上げて、俺の方を見る。  目が合った。  最悪だ。  どうしてあいつを見てしまったんだろうか。  天音が秀麗な顔を歪めて、まるで虫けらでも見るかのような目つきに変わる。心底、不快そうな顔つきだ。  天音のそばには小柄な男がべったりとくっついている。最近の天音のお気に入りだ。そいつが俺に気付いて、声を上げる。 「うわ、気持ち悪! 天音のこと、じろじろ見んなよ」 「……見てねーよ」  小さな声で答えて、俺は目を逸らす。「気持ち悪い」「天音君、大丈夫?」そんな声が俺を取り巻く。  ずきずきと訴える胸の痛みには気付かないふりをして、俺は自分の席へと向かった。  天音のそばを通った時、彼から漂う匂いに頭がくらりした。

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