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第10話
じっと顔を見つめていると、目と目が合う。
「最後までしてしまっても大丈夫?」
「えっと、その……は、はい……」
気恥ずかしくなって、俺は目を逸らしてしまう。小さな声で答えた。
「彩人さんになら、俺……」
恥ずかしくなって、最後までうまく言えない。
彩人さんは俺の憧れの人だった。
いや、もっと正確に言うならば、俺の初恋の人だった。
物心ついた頃から俺は彩人さんのことが好きだった。けど、彩人さんがあまりに完璧すぎて、それに比べたら、かわいくも何ともない俺はあまりに不釣り合いなものだから。
その気持ちを封印することにしたのだ。中学生になった頃にはなるべく彩人さんと顔を合わせないようにしていた。それでその気持ちが風化することを待った。高校に上がって、天音のことを好きになって、彩人さんのことは完全に忘れることができたと思っていたけれど。
でも、心のどこかではその気持ちの欠片がまだ残っていた。
道でうずくまった俺に声をかけてくれたのが彩人さんだとわかって、俺は心の底から嬉しかったのだ。久しぶりに会えた姿に、俺はとろけそうなほどの安心感を覚えた。
「俺もルイくんのこと、好きだよ」
手をつながれて、真摯な表情でささやかれて。
俺の心拍数は急激に上昇する。
人のことを散々「甘い」って言っておいて、そう言う彩人さんが一番、甘いのではないかと思う。
「んー……♡」
剛直をくぼみに押し当てられて、ゆっくりと挿れられる。
アルファのちんこはすごい。俺のと、形も大きさもちがう。傘が開いたような太い雁首が、ごり、ごり、と内壁のいいところをこすりあげながら、動いていく。その度に俺は体を震わせる。
奥に受け入れるほど、官能も感度も高まっていく。胎の奥に到達して、ぐりぐりと刺激されて、頭の中が真っ白になった。
「あ……ああ……♡」
「挿れられただけでイッちゃったね? ルイくん、かわいい」
「待っ……まだ、イッてる、からぁ……♡」
ひゅ、と喉奥から呼気を吐き出した直後。
前後がわからなくなるくらい激しく揺さぶられる。達したばかりで敏感になっている体が悲鳴を上げる。
「あっ……ひ♡ あっ、あっ♡」
激しい抽挿とは裏腹に、彩人さんは甘い言葉を何度も俺にかける。
かわいい、とか。好き、とか。
何度も何度も、耳に吹きこまれて。
体を揺さぶられる度に、俺の身体から汗が飛び散って、それが甘い匂いを更に充満させていく。
甘さと、充足感ですべてがいっぱいになって。
ぷちん、と。
俺の中で何かが切れた音がした。
それは今まで張り詰めていた緊張感とか、戸惑いとか、自分への嫌悪感とか。すべてがない混ぜになったもので。すーっと溶けだして、全部、消えていった。
しがらみがどこかへ吹っ飛んでいってしまえば。
後に残ったのは、本能と、むき出しになった俺の本音だけだった。
「あ……♡ 彩人さん♡ すき、好き、です♡ やぁ……は、あぁ……♡ そこ、だめぇ♡ こりこり、気持ちぃいい♡ すき♡ すきぃ♡」
甘ったるい体液を目から、口から、全身から垂れ流しながら。
わけがわからなくなってしまいそうなほどの快楽の中で、俺は喘ぎ続けた。
1週間は長いようで、短かった。
自分がおかしくなってしまうのではないかと思った。いや、少しだけおかしくなっていたのかもしれない。考えることはえっちなことばかりで、ここまで性欲が膨れ上がることがあるのかと驚いた。している間も、休憩している時も彩人さんのことしか考えられなくて。中に入っていればお腹がきゅんきゅんとして、終われば余韻に浸りながら胸をきゅんきゅんとさせた。
ずっと、ずっと、体全体が切なくうずいて、もっと欲しいとみっともなくすがったりして。食事や睡眠といったすべての欲求を抑えて、性欲が一番にくる。食べるより、休むよりも、つながっていたいと胎の奥が訴えてくる。
「少しは食べないともたないよ」と水や食料は彩人さんに手づから与えられて。そして、少し休んだらまたベッドに引き戻され続けた。
「彩人さん、いつ日本に帰ってきたんですか?」
すべてが終わって、俺はベッドの中でぐったりしていた。
全身が気だるくて、しんどい。まだ中にあれが入っているような感覚を覚える。この1週間、入ってない時の方が少なかったのではというくらいなので、この違和感はしばらくは消えないんだろう。
喘ぎ過ぎて、かすれた声で尋ねてみれば。
ついさっきまで絡み合っていたはずなのに、彩人さんは爽やかな顔つきで振り返った。美形は汗を流していても様になるから得だと思う。
「2日前だよ」
「彩人さんが留学を決めたの、急なことだったから、寂しかったです……」
俺は素直にそう告げた。
この1週間、散々、醜態も痴態もさらしまくったのだ。素直に気持ちを告げることくらい、恥でも何でもなくなった。
すると、彩人さんは難しい表情で何かを考えこんでしまう。
束の間の沈黙の後。
彩人さんは意を決したように告げた。
「俺が留学を決めたのは逃げだよ。前から好きだなあって思っていた人に、いい人ができちゃって。そばにいるとつらくなるから逃げたんだ。……ごめん、何か情けない話だね」
「そんなことないですよ……。彩人さんにそこまで思われているなんて、その人は幸せな人ですね」
俺がそう言うと、彩人さんは複雑そうな顔をする。うーん、と首を傾げて、
「ルイくんってもしかして、けっこう鈍い?」
「え……?」
何か変なことを言ってしまっただろうか。
もしかして、その人って俺の知っている人だったりする?
もしそうなら、羨ましいな、と思ってしまった。ぼーっとそのことに思いを馳せていると、彩人さんが立ち上がった。
「そういえば、1つ謝っておかなきゃいけないことがあるんだけど」
そのまま離れて、壁際のタンスへと向かう。引き出しを開けて、何かをとり出した。
彩人さんは振り返って申し訳なさそうに笑う。小首を傾げて、「ごめんね?」と謝る様はかわいい。
かわいいけれど……。
その手に握られているのは薬だった。
彩人さんが始めに「ない」と言っていた抑制剤だ。
「あ、彩人さん――?!」
俺はその意味を一気に理解して。
真っ赤になって、叫んだ。
『甘すぎオメガと超甘党なアルファ』終
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