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第1話

 目を覚めた時、真っ白い病室だった。窓が開いていて風に乗ってカーテンがヒラヒラと揺れている。  ここはどこだ……と考えても頭痛がするだけで何も思い出せない。 「あ……」  声を出そうと思っても喉がカラカラで出ない。体を起こそうと思っても、力が入りにくい。  仕方ないか、と天井の模様を見ていると、個室の病室の扉が開いた。 「あれ、……ナツ……?」  小さな震えた声が聞こえて、目を向けるとピンク色のバラの花束を持った男が立っていた。目を見開いたかと思えば、目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。 「よかった……目が覚めたんだね」  ピンク色の薔薇の花束をテーブルに置き、男が近づいてきた。  白いロンTに黒いパンツ、シンプルな装いの男は近づくと爽やかな香水の匂いがした。 「いま看護師さん呼んでくるから、待ってて」  頬を撫でられる。少しカサカサな手に少しだけ懐かしさを感じた。 「一時的な記憶障害でしょう」  医者はそういい病室を出て行った。  日常的な事は覚えている。シャーペンの芯の出し方、テレビの付け方、電話のかけ方。でも自分の名前が思い出せない。出身中学校も自分の家の住所も、薔薇を持ってきた男の名前も。考えても頭がツキンと痛くなるだけだった。 「……君の名前はフタバ ナツキ。漢字はこう書くんだよ」  薔薇を花瓶に挿した後、男はベットのすぐ横の椅子に腰掛けて話し出した。そして手帳を取り出して、双葉夏希と綺麗な字で書いた。 「僕の名前は……新木(あらき)慎二。君との関係は……友達、でいいのかな」  はは、と小さく空笑いをこぼした新木は、手帳に自身の名前も書く。  返事をする事もできず新木の顔をじっとみる。二重瞼の瞳は優しげに垂れていて、長い睫毛が縁取っている。美人な男の人、一言で彼を説明するならその言葉がぴったりだ。 「君が眠っていたのは、3ヶ月程度だよ。もう季節も冬から春になっちゃったね」  新木はベットをリモコンで操作し、頭部分を少し上げてくれた。窓を見てごらん、と指差され見てみると、満開の桜がヒラヒラと舞っていた。 「桜、ずっと見たいって言ってたから。春の内に目が覚めて良かった」  目を細めて笑う新木。  ヒラヒラと舞う桜を背景に、彼の優しげな微笑みは夏希の心に残った。

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