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第2話

 目を覚ました当日。新木はあの後少しだけ話した後帰って行った。  その次の日からはリハビリが始まった。 「あ、双葉さん、新木さんが見えましたよ」  リハビリも少し慣れてきた頃、病室にゆっくりと歩いて向かっていると、すれ違いざまに看護師から声がかけられた。少しだけ顔を赤らめた看護師に、新木のあの優し気な笑顔を思い出した。 「新木さん、こんちわ」  自身の個室の扉を開けると、新木が窓から桜を眺めていた。綺麗に染まっている茶髪がゆらゆらと揺れている。 「あ、夏希くんこんにちわ、体調はどうかな?」  優しい声がかかる。目を覚まして早数日。寝ている間も新木が体をこまめに動かしてくれていたおかげで、リハビリもスムーズに行っていた。 「もう全然元気ですよ、病院食も味が薄く感じ始めました」  目を覚ました当初は、ほぼ液体のおかゆから普通の米になった時、旨くてびっくりしたのが、遠い昔のようだった。  笑いながらそういうと新木は、そう言うと思って、と手元に持っていた袋を少し上にあげた。 「消化の事もあるから、フルーツだけだけどね」  見覚えのあるコンビニの袋を手渡され、その中を覗き込むとカットフルーツが入っていた。 「え!いいの!嬉しいー!」  新木は立ったままの夏希に手を伸ばし、夏希もその手を取った。    夏希が目を覚まして数日、新木は2日と開けずにお見舞いに来ては、思い出すきっかけになれば、と過去の夏希の話をした。  夏希は23歳で、記憶が無くなる前はバイトを数個掛け持ちしていたらしい。目を覚さない間に新木がバイト先に電話をしてくれ、辞める事になったらしいが、その事も勝手にしてごめんね、と謝ってくれた。  新木は27歳で、今は小さな花屋を経営しているらしい。その他にも少し仕事をしているようで、その事はあやふやに伝えられた。  23歳のフリーターと27歳の花屋。出会いは何だったのか、と聞くと、新木は困ったように少し笑って 「それは、夏希くんが思い出してほしいな」  と、優しげに微笑むだけだった。 「俺、もうすぐ退院できるんだって」  そういえば、と先程医者に言われた事を新木に伝えた。そう伝えると新木は笑って、よかったね、と頭を撫でてくれる。 「きっと夏希くんがリハビリ頑張ったからこんな早く退院できるんだね」  頭を撫でた後に、あ、ごめんね、と小さく謝られる。これも目を覚ましてから何度かしたやりとりだった。  新木の視線はたまにこっちが照れるくらい優しい、愛しいと伝わってくるような視線だ。  本当に昔の俺とは友人関係だったのか、と疑ってしまうほど。 「退院は嬉しいんだけど、家はどうしようか。実は不動産屋にも連絡いれたんだけど、それなら退去してもらえると、って返事が返ってきて……」 「あれ……まさか、俺帰る家ないの……?」  そう呟くと、新木は手を合わせて頭を下げる。 「ごめんね、家賃払い続ける事はできたんだけど、やっぱりいつ目が覚めるかもわからないし、家って人が住まないと傷みが早いっていうし……」  まあ確かにいつ目覚めるかなんてわかんないよな……と、思うが、それとこれとは別で、退院できてからの住む場所がないとなれば、楽観視できる問題ではなかった。 「どうしよ……」 「僕の家に来なよ!使ってない部屋もあるし、そもそもは僕の責任だから」  新木は焦ったようにそう言った。  ベットもあるし、ちゃんと部屋に鍵もついてるから!僕と一緒に寝るわけじゃないよ!と、言い出す新木に少し笑ってしまう。 「そこは大丈夫だよ、女の子じゃないんだから」  そう言うと、新木は少しだけ顔を赤くして、そうだね、と笑った。顔が熱いのか手で顔を仰いでいる。 「じゃあ、お世話になろうかな。新木さん、迷惑かけるけどよろしくね」  手を差し出して言うと、新木もにっこりと笑顔で手を握ってくれた。 「全然いいよ。一人暮らしも寂しくなってきた頃だったからね」  ふわりと笑顔を浮かべる新木に、少しだけ記憶の扉が開きそうになった気がする。

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