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第3話
退院の日はすぐに来た。ただ最初は月に二回検診で、そのあとは月一回の検診が数回続くらしく、病院に通う日はまだ続きそうだった。
「ごめんね、新木さん」
赤いセダンの車で迎えに来てくれた新木に、助手席から謝る。
「いいよ、夏希くん放って仕事なんてできないから」
優しく微笑む新木にこっちまで笑顔が感染る。
目を覚ました日から1ヶ月が過ぎようとしていた。その間新木はこまめにお見舞いにきてくれて、看護師とも仲良くなり、最後の日にはたくさんの連絡先を貰っていたのを知っている。
雰囲気も柔らかく、話しかけても穏やかな声で返事が返ってくる。顔も美形で、この人がモテなかったら、誰がモテるのか、と聞きたくなる程欠点が見つからない。
「それ、思い出せた?」
信号待ちで、こっちをみた新木に少しドキッとしてしまう。
それ、と言うのが、手に持っている携帯とわかって首を振る。
「ダメ。生年月日も、語呂合わせも何回かしたんだけど全部合わなくて。これ以上間違えたらロックがかかるから、やめときなって看護師の人に言われちゃったよ」
8回間違えてから、看護師との雑談で10回間違えたら携帯電話使えなくなるよ、と言われそこからパスコードを押すのが怖くなり今に至る。
「困ったね、ご両親にも連絡できないとなったら……」
解決策を考えているのか、新木は少しだけ黙る。
iPhoneのボタンを押すと待ち受けが映る。待ち受けはどこで撮ったかも覚えてない夕焼けの写真だった。
「まあ、この1ヶ月連絡無かったってことは、あんまり接点無かったってことだろうし、気にしてないよ」
携帯を閉じて肩に掛けていたウエストポーチにしまう。
今日の格好は新木が持ってきてくれた服で、淡いブルーのTシャツと黒いパンツ、あと病院に運ばれた時に持っていたウエストポーチだ。
ウエストポーチには鍵と小銭入れ、iPhoneの3つしか入ってなかった。
鍵は二本、家の鍵らしき物と新木曰くバイクの鍵。
「俺、免許持ってるんだ」
ウエストポーチを初めてみた時に入っていた鍵を見て、そう呟いた夏希に、新木はそうだよ、と答える。
「でも、財布無くして、その中に免許も入ってたって言ってたよ」
だから乗ったらダメだからね、と優しく言われたのを思い出す。
「俺、記憶なくなる前からダメダメだったんだなー」
ふぅ、と少しだけため息をつく。
「え、どうして?」
運転しながら新木が返事を返してくれる。
「免許証入った財布も失くしてるし、なんか、新木さんが俺の対応にいろいろ慣れてるから」
ウエストポーチはこう肩に掛けて使ってたよ、から始まり、何も言ってないのに入院中の荷物は新木が車に積んでいてくれた。支払いも安くない金額なのに、いいよ、僕が払っておくから、と一言。病院から出る時躓いた時も、新木の腕が抱きとめてくれた。
ああ、慣れてるなー。なんて思ってしまった。
「まあ……正直、夏希くんはやんちゃだったし、酔い潰れて介抱とかもたくさんしたけど」
新木は過去を思い出しているのか、少しだけ声のトーンが違う。
「どれも、好きだったから、苦じゃなかったよ」
懐かしんでいる表情。入院中も多々浮かべていた。夏希を見て、夏希の知らない人を思い出しているみたいで、少しだけ、居心地が悪い。
「あ、好きって、介抱するのがね。いや、夏希くんの事も好きだけど、そういう意味じゃないというか」
聞いてないのにそう弁解する新木に少し笑ってしまう。
「ちゃんと前むいて運転してよ、事故っちゃうよ」
そういうと、はいと小さく呟いて運転に集中する横顔。真っ赤に染まった顔に、少しだけ心が疼く。
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