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第1話

 コーヒーの芳醇な香りが辺りに漂う。こじんまりとした一室には、テーブルと椅子が並んでいた。  シンプルだが、統一性のあるデザインの店内だ。調度品の1つ1つが、店の持ち主のセンスを感じられる物だった。  カウンターの上では1人の少年が頬をつけて、物思いに浸っている。  誰もが目を細めてしまうような、愛らしい容姿の少年だった。  蜂蜜色の金髪、ブルーサファイアのように輝く瞳。線の細い輪郭の中で、すべてが完璧に整っている。  その大きな双眸は、憂いに陰っている。それすらも今は少年の儚さを強調させているかのようで、健全な男が見れば「守ってあげたい」と感じてしまうだろう。  少年――ユティスはため息をついた。  悩みはもっぱら自分の恋人のことだった。  彼は今日も来るだろうか。そしたら、今日はどんな要求をされてしまうのか。  期待と不安が、ないまじりになった嘆息だ。 「ユティス」  その時だ。店内に重低音な声が響く。  裏手にあるドアが開かれ、1人の男が入ってくるところだった。 「準備は済んだか」  抑揚のない声で男は尋ねる。  渋い――そんな形容がよく似あいそうな男だった。口元に湛えたひげが表情を隠している。年齢は40代半ばといったところか。無口な武人といった見た目をしているが、彼が身にまとっているのはバーテンダーの衣装だ。  少年は弾かれたように起き上がった。 「マスター……はい、仕込みも掃除も終わってます」 「そうか。では少し早いが、店を開けるとしよう」 「はい」  少年は頷くと、ぱたぱたと入口へ駆けた。  看板を「開店中」に返すと、少年は外を見渡した。早朝の爽やかな風が街道を吹き抜ける。道の両端には、数々の店が立ち並んでいた。その間を忙しなく人波が通り過ぎて行く。活気あふれる街の風景だ。  王都アルベール。  大通りの一角にある喫茶店『ブランカ』。それがユティスの仕事場だ。  通り行く人の中に赤色のマント見かけると、ユティスはそちらを注視してしまう。赤色のマントは、王国の近衛騎士団に所属していることの証。探している人物が見つからずに、少年はがっかりとした表情を浮かべる。  ユティスは雲1つない青空を見上げながら、心の中で呟いた。  ――早くレオンに会いたいなあ、と。

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