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第2話

「ユティス。コーヒーとパンケーキを頼むよ」 「はい」 「ユティスちゃん、ちょっといいかしら」 「はい、ただいま」  店内は客たちの雑談の声であふれかえっている。  その合間に次々とかけられる声に、少年はすばやく応対する。ぱたぱたと忙しなくユティスは動き回る。  頼まれたことに応じるだけでなく、周りへの気配りも欠かさない。コーヒーを飲み終わった人がいればすかさずおかわりの確認をして、注文をとれば自分からも包丁を握って、マスターを手伝う。  その間も少年は笑顔を欠かさない。愛らしい笑顔に、客たちは目を細めていた。 「いやー。マスターは本当に幸せ者だね。こんなに働き者の子が店を手伝ってくれるなんて」  常連の男がコーヒーを片手に賛辞を述べる。 「その上、とってもかわいいしねえ。あんた、この店の看板息子って評判なのよ」 「そうそう、俺なんかユティスの顔を見たくて、毎日ここに通ってるくらいでさあ」  口々に褒められ、ユティスは照れ笑いを浮かべる。カウンターの向こう側では、マスターが無表情のまま料理を続けていた。彼は無口な男で、必要以上のことは口にしないのだ。  代わりにユティスが答える。 「そんな。俺なんてまだまだですよ。いつまで経っても、マスターの淹れるコーヒーの味にはかないません」 「まあまあまあ、謙虚なのねえ」  少年の恥ずかしそうな表情を見て、男たちはにやりと笑い、女性たちは更に目を細める。  いつも通りの『ブランカ』のお昼時だ。  と、その時だった。からんからんと音を立てて、扉が開く。店内のマダム達が一斉に「まあ!」と、黄色い声を上げた。  入って来た人物を見て、ユティスは目を輝かせる。 「レオン! いらっしゃい」  少年は店先まで出迎える。黒髪の青年は、「よぅ」と親しげに手を上げた。それに笑顔で応えながら、ユティスは席へと案内をする。  青年――レオンハルトは騎士の制服に身を包んでいる。その背にたなびくのは赤色のマント。この国の近衛騎士団に所属していることを示していた。  近衛騎士団の勤務地は王宮で、王族の護衛や王宮の警備に当たっている。食堂や休憩室も王宮の施設を使用するのが普通で、多くの騎士たちはそこで休憩時間を過ごす。  だが、レオンハルトは毎日、こうしてお昼には『ブランカ』まで通ってくれている。そのことがユティスは嬉しかった。 「今日はどうしますか?」 「じゃ、ホットサンドとコーヒーで」 「はい!」  すっかりと店に通い慣れたレオンハルトは、メニューに目を通すこともせずに注文をする。  ユティスは輝かんばかりの笑顔で答え、カウンターへ向かった。マスターに注文を伝え、自分も準備に入る。ふと顔を上げると、レオンハルトと目が合う。にこりとほほ笑まれた。  それだけで体温が急上昇してしまう。 (はあ……今日もレオンはかっこいい……)  夢見心地で少年はひたった。  だが、そう思っているのは自分だけではないだろう。きっと街中の――いや、下手したら王国中の誰もがそう思っているかもしれない。  騎士のレオンハルトといえば、この国で名前を知らない者はいない。少し道を歩けば、多くの女性たちから熱烈な視線を集めてしまう。  特筆すべきはまずその容姿。さらさらの黒髪に、同色の瞳。「吟遊詩人が唄う物語に出てくる王子様みたい!」と娘たちが噂するほどに、顔立ちは整っている。  優美な面差しからは、一見、剣を持つ姿が想像もつかない。しかし、よく見れば背が高く、均整の取れた体つきをしていることがわかる。  そして、レオンハルトの秀逸さはその容姿だけに留まらない。  アルベールでは毎年、大規模な剣闘大会が開かれる。国中の猛者たちが集まり、腕を競い合う大会だ。観客席には王族まで顔を見せる。  剣闘大会の時期が近づくと、街全体が装飾され、通りには屋台がずらりと並ぶ。年に1度のお祭りだ。  その大会での優勝者は、国一番の剣士として認められるのである。  3年連続優勝――それがレオンハルトの実績だ。長年、開催されている剣闘大会の歴史の中でも、連続で優勝を果たしているのは彼が初めてだと聞く。  今や24歳という若さにして、次期、団長候補とまで言われている。そんな彼は国中の娘たちの憧れの的だ。  そんな素敵な人が恋人だなんて、自分は何て幸せ者なんだろう。ぽやーっとしながら、野菜に包丁を通していく。 「ユティス、お水をもらえるかな」  客の1人に声をかけられて、ユティスは顔を上げた。 「はい、ただいま」  水差しを手に、カウンターの外に出る。男のグラスに水を注いでいると、 「……おっと」  彼が手に持ったグラスがメニューに当たり、倒れてしまう。ユティスは水差しを机の上に置いた。  上半身だけを屈めて、床へと手を伸ばす。短く「お、」と男の声が聞こえた。怪訝に思って、ユティスが振り返ると、男はばっと視線を逸らしてしまう。不思議には思ったが、気にせずにカウンターへと戻った。  ちょうどマスターがホットサンドを仕上げているところだった。  料理を手に、愛しの騎士の元へ向かう。  そして――硬直した。  レオンハルトは頬杖をついた姿勢で、苦虫でも噛みつぶしたような表情を浮かべていた。 (な、何で!?)  ユティスは内心で愕然とする。  先ほどまではむしろ上機嫌でいたように見えたのだが。  時折、この騎士は不機嫌モードに入ってしまうことがある。そうなった時のレオンハルトを目の前にすると、ユティスは焦る。とにかく焦る。そして、何とか機嫌を戻してほしいと、ご機嫌取りのようなことをしてしまう。  ユティスはぎこちない動きでテーブルに歩み寄った。 「あの、レオン……ホットサンドです。それで、えっと……」 「……ああ」  レオンハルトは無愛想に言う。  それだけでユティスの心臓は縮こまった。小声で尋ねてみる。 「あの……どうかした……?」  しかし、レオンハルトは答えない。仏頂面のまま黙りこんでいる。  ユティスは内心でだらだらと汗を流した。が、別の客に呼ばれてしまい、仕方なく背を向ける。  それからも騎士の方を気にするが、彼はずっとしかめ面のままだった。食事を終え、レオンハルトが会計を行う。ユティスは震える手で紙幣を受けとった。帰る直前、レオンハルトが軽く指でテーブルを叩く。  ユティスは赤面しながら硬直する。  それは彼の合図。『表に出ろ』だ。  少年の小さな胸はますます萎縮して、きゅうとなってしまうのだった。

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